うつけ者
「ご心配なく、御母上。やましいことは何一つございません。私は文献を読み薬学の心得もありますので、美容に関する情報をお伝えしていただけです。それに私は村長の用心棒の一人として雇われている騎士見習いですので、素性も明らかでございます。では、これにて失礼」
そう言って、鳥の鳴き声のような変わった口笛を吹くと、空の上から一羽の渡り鳥がバサッと少年の前に落ちてきた。
少年はそれを拾い上げ、腰から下げている鞄の中に詰めると、剣の音をカチャカチャさせながら魚の入った桶とバスケットを持ち去っていった。
「………この先の屋敷に、騎士のような格好をした見慣れない人たちが住み着いたというのは、どうやら本当のことのようね。いいこと、メンデューサ。彼と親しくしてはいけませんよ。決して自分を安売りしないように気を付けなさい」
この頃には、もう母親の忠告など何ひとつメンデューサの耳には入ってこなかった。
彼は美容に造詣が深く、騎士道精神に溢れている。
そしてありのままの自分を見てくれた。
それが何よりも嬉しかったのである。
寛ぎ本を読んでいると、何かがドスドスと音を立てて、魚の入った桶を持って居間へ入って来た。
「おい、ペンダリオン!! 今日は君が食事の当番だろう? 夕食が何も用意されていないぞ! こっちは村長にいろいろこき使われてヘトヘトなんだ!」
夕食が用意されていないと、真っ赤な顔をして怒っているが、ペンダリオンは素知らぬ顔をし、無言でバスケットの方を指差した。
「食事なら用意してある。池のほとりで会った見知らぬ女の子に有意義な情報を提供したのと引き換えに御馳走を貰った。私はもう食べ終えたから、残りはロウェナが食べたまえ」
指差した方向を見ると、テーブルの上に見慣れないバスケットが置かれている。
ロウェナが覗き込むと質素な食事ながらも、見た目が映える華やかな食事が入っていた。
「うわっ!? 何だ、これ? 食べるのが勿体無い位の出来栄えじゃないか。でも腹ベコだから遠慮なく頂くぞ」
そう言ってロウェナは無心で食べ始めた。
その様子をペンダリオンは本を鼻の上に置きながら見ている。
清々しいほどの豪快な食べっぷり。
昼間に出会った女の子とはえらい違いだ。
「どうせ、また女の子を誑かして手に入れたのだろう? お前の人を操る手腕は見事だからな」
「いちおう、騎士としての誉め言葉と受け取っておくよ。でも今回は人助けだ。その女の子は強力な薬剤の使い過ぎで、角質を取り除きすぎていた。顔なんて真っ白でガサガサで、この本の紙みたいだったぞ。あれでは将来、シワに悩まされるだろうな。だからミロクゴケの話をしたら案の定食いついてきた。魚みたいにパクッとね!!」
ペンダリオンはその時のことを思い出し、けらけらと笑った。
食事をとりながら、ロウェナは魚のような冷たい表情で彼のことを見ている。
「人助けね………、わかったよ。明日からは、お前が村長の従騎士だ。先生は予定が長引いて、数日は戻れないと手紙が届いた」
ペンダリオンは再び本に目を通す。
「予定ねえ~~~~。まわりくどい言い方をしなくても、薬屋の女のところに行っているって素直に言えばいいのに」と呆れた声で言った。
「仕方ないさ。先生は互いに孤児となった私たちを弟子として育てるのに、これまで精一杯だったのだから。ようやく一定の年齢に達し、留守を預けられるようになったのだ。想い人のもとへ通いたい気持ちを察してやれよ」
「おおかた、手に掛けた相手の子だったんじゃないの? 情が湧くのはよくある話さ」
「それなら、命を取られる可能性があるのに、私たちに剣士の修行をさせるかよ」
「あっ!? 確かにそうだな。ロウェナの言う通りだ、あははは! では明日も早いから、もう寝るよ、おやすみ」
ペンダリオンはひとり御機嫌な様子で居間を後にした。
彼が立ち去るのをロウェナは厳しい顔をして見つめている。
物心ついた頃から、ロウェナの隣にはもう一人の弟子がいた。
面倒くさがりで、怠け癖もあり、何を考えているのか分からない彼には全く別の顔がある。
狡猾で計算高く、目的を達成するためには手段を選ばない奴。
師の前ですらうつけ者を演じているペンダリオンのことを、一筋縄でいかない相手だとロウェナはいつの頃からか、距離を取るようになっていたのである。




