荒地の子どもたち
「まあ!! 本当に今日もなんて綺麗なの、メンデューサ!! 傾国の美女となる日もそう遠くはないでしょう。だからこうして、殿方の目を見て誘惑するのですよ。そうすればいつか立派な殿方があなたを見初めてくれるわ。その気にさせてしまえばこっちのもの。あたし達の生活も保証されるのよ」
そう言いながら、愚かな母親は絶妙な角度で男性を虜にしてしまう目つきとやらを娘にしてみせた。
くっだらねーーーーー!!!
このイカれ女め!
本気であたしが金持ちに見初められれば、自分が幸せになれると信じてやがる。
あと数年もすれば、こんな辛気臭いど田舎とはおさらばさ。
いつか都会に行って豊かな暮らしを手に入れてやる。
それまでの辛抱、辛抱。
酒場の客ならいざ知らず、踊り子が客にチップを強請っているようにしか見えない。メンデューサはそんな母親の様子に反吐が出そうだった。
「……わかったわ、ママ」
「ちょっと!!! いつも言っているでしょう! ママじゃなくて、お母様よ。口の利き方には気を付けなさい! さあ、お手本通りに貴方もやってみて」
そう言って、母は胸部をおもいきりつねった。
メンデューサは怒りと痛みを堪えながら、母の言った通り、年頃の女の子とは思えない程の妖艶な微笑みを披露した。
その後も母は酒場の客相手に慣らした心を掴むテクニックをメンデューサに教え込む。
それが終わると、踊りに歌のお稽古。
胃袋を掴むための料理の練習。
美貌を保つ美容液の原料となる植物の採取や、生計を支えるドレスの仕立てと目が回るように忙しい。
物心つく以前から、メンデューサはこの踊り子だった母親と二人きりで暮らしている。
父親のことは話題にも上らない。
踊り子としての人気も寿命もなくなった母はある時、ふと横にいる娘に目が留まる。
自分譲りの可憐な容姿に、艶のある黒髪。
娘を磨き上げて、お金持ちの男性に見初められることで、豊かな人生を手に入れようと碌でもないことを考えついたのだ。
今まさに、小さな蕾が花開こうとしているメンデューサが住んでいるのは、西の大国カルオロンから北東に進んだ場所にある寂れた村だった。
草木もところどころにしか生えていない極寒の地。
日照時間が少ないため、色白の美肌作りには最適、というのが母の持論だったが、この寒くて狭い世界がメンデューサの全てだった。
あの日、池のほとりで彼と出会うまでは……。
その日、メンデューサは潤いだけでなく脱毛にも効果を発揮する実を摘みに近所にある池のほとりへとやってきた。
運よく実は高い木の枝の先に一個だけなっている。
毒々しい紅色の実を採取するため、スカートを腰までまくり上げ、木によじ登っていた。
高所恐怖でなくても、この高さは流石に震えあがる。
ようやく紅色の実にようやく手が届き、握りしめようとした時、突風が吹きつけてきた。
「あっ!?」
わざわざここまでよじ登ったのに、無残にも紅色の実は地面に落下してゆく。
すべての努力が水の泡となり、またこれから数時間かけて別の実を探さなくてはと大きな失望が広がった時だった。
「……残念なことに、その実を使い続けると、将来は見るに堪えない姿になるだろうな」
蚊の鳴くような小さな声が下から聞こえてきた。
急いで木から降りてゆくと、茶色の癖のかかった髪の少年が木の根元に寝転んで本を読んでいたのだ。
紅い実は少年からやや離れた場所で、地面に落ちて潰れている。
「それはどういう意味? 熟したヤサレアの実は保湿効果と美白。さらに脱毛の作用があるのは広く一般的に知られていることじゃない」
こちらを見向きもしない少年の態度にメンデューサは苛立ちを感じた。
「一般的? 一般的って、なに? あなたはそれを確かめたの? 文献は読んでみた? 美白や脱毛に効くほどの強い成分が皮膚の角質層を破壊するのは知っているのか? ちょうどこのすぐ近くで、様々な効能がある新鮮な原料を手に入れることができるのに、知らないままじゃもったいないと思い、助言してあげただけだ」
少年の話に大いに好奇心をそそるものがあったメンデューサは、相変わらず本から目をそらさない少年の腕を突然掴んだ。
「本当の話なの、それ!? あたし、綺麗になる努力を怠ると口うるさい母親に怒られるの。近くにある新鮮な原料って何? もったいぶらないで教えてよ!!」
「綺麗だな。何もしなくとも、あなたは今のままで十分美しい……」




