兄弟
カイとテルウはヒロの言葉を聞き、信じられないといった様子で思わず顔を見合わせている。
「なぜ、そう思った?」
ペンダリオンは乾いた目の一番奥に以前と同じような鋭い眼光を覗かせ、ヒロに問いかけた。
「テルウと付き合っていたメンドゥーサが死ぬ間際に残したメッセージだよ。貴方とシキの従者リヴァやメンデューサは旧知の間柄だったようだから、彼女は貴方が医療用頭巾を被っていた理由を知っていてもおかしくない。従って、誰と最後にいたのか伝えようとしてあの頭巾を体中に巻き付けていたのではないかと推理した。実は昔、俺が妹に真剣で額を斬られた時、父さんはひどく取り乱し、お前も息子のようにするところだったと言って抱きしめてくれたんだ」
ヒロはそう言って前髪をあげ、額に負った小さな古傷をペンダリオンに見せた。
「でも最初に疑問を持ったのはフォスタで初めて会った時。俺に手を差し伸べてくれただろ? 気付かなかったかもしれないが、その輪郭は父さんと瓜二つだった。それに決め手となったのは俺たちも使う笛言葉だ。あれは変声期前の男子しか習得できない。シキの従者は恐らく変声期後に弟子になったのだろう。彼は笛言葉を習得していなかったからな。その事から貴方は俺たちと同じように父さんと幼い頃から一緒にいた実子であり、血統を受け継いだセプタ人の末裔ではないかと思ったんだ」
(君たち、大事ないか?)
どこか養父ダリルモアの面影を宿し、彼と似たような口癖を言って手を差し伸べてくれた男。
ヒロはずっと疑問を持ち続けていたが、決定的な証拠を得るまでには至らなかった。
そんな時、ペンダリオンの医療用頭巾を巻き付いたままメンドゥーサが遺体で発見される。死ぬ直前に何か伝えたいことがあるとしたら、当然、その頭巾が意味するものだ。
テルウが言っていたように、それが医療用頭巾であったのならば、頭部に怪我を負っていた可能性は非常に高い。
そして、彼と同じようにダリルモアの弟子だったシキの従者。
シキと共に過ごした一ヶ月間。
笛言葉を操り、ヒロが鳥たちを呼び寄せると、彼女は「こんなの初めて見た」と言って目を輝かせていた。
ということは、従者はダリルモアから笛言葉を取得していないことになる。
「いや、久しぶりに会ってみたら、ずいぶんと成長したもんだなぁ、ヒロ。カイ君の手助けもなく、君一人でそこまで推理できるようになるなんて。なるほど。だから君たちも笛言葉を習得していたのか。薬草にも詳しいはずだ。そう言えば、あの男の愛人は薬屋だったな、確か?」
顔を手で覆うようにして、急にペンダリオンはクスクスと笑い声を出した。
「何が可笑しい!? 俺は今でもお前を許さねえ! メンデューサを死に追いやったのはお前だろ!! しかも娼館まで荒らして。人殺しまでしておいて何が目的だ!」
テルウは掴みかからんばかりの勢いで、声を荒らげている。
「自分の名誉を守るために言っとくが、私は殺していない。あの女は自ら足を滑らせたふりをして、谷底に落ちていった。最後に出し抜かれたのは私の方だぞ。我々が追っていた歴史書を掠め取ったのもあの女だ。そんな訳で取り返すために娼館を隈なく探していたというわけだ。それに苦労して入手した歴史書は原本ではなく、所々文字は消されたり、用紙が失われたりした副本だった。読む分には支障はないがね。恐らく原本はどこかに厳重に隠されているのだろう」
顔を手で覆う仕草をしながらペンダリオンは話していた。
やがてゆっくりと手を顔から離すと、真剣な眼差しで表情がとても険しくなった。
「父さん? 父さんか……。さっきから君が父さんと呼ぶあの男と私は生物学上では親子かもしれないが、私はあの男のことを父さんと呼んだことも、彼に抱きしめてもらったこともない。そもそも父親であることすら知ったのはつい最近の事だ。メンデューサはそのことを私に伝えるために高級娼婦として情報屋の真似事をしていたに過ぎん」
「話があれこれ飛んでややこしいことになっているが、ということはつまり今、貴方の手元には俺たちの父さんが書き残した日記と、メンデューサから取り返した歴史書の副本があるというわけだな。それを手に入れて読み解くと何が起きるんだ?」
しきりに憤慨しているテルウと違い、カイはペンダリオンが何を言っても、普段通り物事を冷静に判断している。
「相変わらず、カイ君。君は素晴らしいなあ! 次期後継者にぜひ指名したいくらいだ!!」
声を弾ませるペンダリオンを見て、カイは首を大きく振りながら全力で否定した。
「冗談だよ。この組織は壊滅したも同然だ。……そうだな。何から話そうか? ああそうだ、まずは、あれだ。全ての始まりの言葉」
「全ての始まりの言葉?」
先ほどから不気味に笑い続けるペンダリオンの異様な態度に、どこか恐怖を感じながらもヒロは真剣になって話を聞こうとしていた。
「この日記と歴史書の話は、とても長くなるな。食堂にいるロイが煮込み料理を作り終えるかどうか。あの男の日記の冒頭にはこう書き綴ってあった」
――――在る所に予言者の女がいた。その女は言った。自分から生まれてくる子どもは将来、大陸の行く末を決定する重大な謎を解き明かすと――――
窓から吹き込む優しい風はペンダリオンとヒロたちの頬をそっと撫でている。
紆余曲折を経て、再び対面を果たした血の繋がらない兄弟たちは、こうしてつかの間の時間を過ごそうとしていたのだった。




