実子
到着したのは周りに畑があり、幾棟にも分かれている屋敷の一つ。
思い出深いその場所で三人が目にしたものは、以前と違い閑散とした本拠地の姿だった。
収穫時期を迎えているはずの薬草も刈り取られることなく荒れ放題。
それに予想外だったのは、大勢の男衆が誰一人としていないのである。
キルアの屋敷には数人の白い頭巾の男たちもいた。
激しい倒壊を命からがら生き延びたため、助けられなかった者たちも居たはずだ。
不安を感じながらも、カイは屋敷の扉を叩く。
かなり長い時間返事がないので不在かと思い立ち去ろうとしたところ、カチリと少しだけ扉を開ける音がした。
振り返ると、扉の隙間から細い目をした男がこちらの様子を窺っている。
しかし訪ねてきたのがヒロたち三兄弟であったことを扉越しに確認すると、男は今にも泣き出しそうな顔をして、急に扉を大きく開けた。
「……よく本当に。……よくぞここまで足を運んでくれた。我々に恨みを抱いてもおかしくないだろうに」
ペンダリオンにいつも付き従っていた腹心の部下ロイは、感極まって三人を丸ごと抱きしめる。
彼は昔からあれこれと世話を焼いて、本当の弟みたいに可愛いがってくれていた。
その彼が震えながら下を向いて男泣きしているのである。
「あれほどたくさんいた、一門の者たちはどうした?」
これは只事ではないとカイが尋ねたところ、ロイは素早く目元を拭って小さく微笑んだ。
「とりあえず入りなさい……。私しかいないから、大したおもてなしはできないが、ひとまずゆっくりして。あの方も君たちの顔を見たら、きっと喜ばれることだろう」
屋敷内を歩きながら、ロイはぽつぽつと現状を話し始めた。
理性のかけらもなくなった彼に悍ましい方法で処罰された者がいたことや、それをみて大半の者が逃げ出したこと。
キルアに行った者たちの中で、生き残ったのが自分たち二人だけであったこと。
やがてロイはペンダリオンの部屋の前で立ち止まる。
そして扉を開けるのを躊躇うように、「……もしかしたら、これが最後になるかもしれない。もうあの方は自力で立つことも、歩くことも出来ないんだ」と俯き加減に、重く沈んだ声で言った。
激しい驚きにより、ヒロたちは声も出せない。
「こうなったのは身から出た錆だってことは本人も自覚している。女王の従者に対する復讐心を抑え切れず、約束を反故にしていきなり襲い掛かったのだから。女王は従者を助けるため、途轍もない力を放ち、それをまともに喰らってしまった。力を封じる魔導具を身に着けていなかったら、一瞬で命を落としていたかもしれない」
ロイはかなりのショックを受けているヒロの肩をぽんぽんと叩いた。
「鹿の柔らか煮込みを拵えてくる。君たち好きだっただろう?」
そう言い残してロイは足早に食堂の方へと歩いて行った。
重苦しい雰囲気が漂う中、それでも会わなくてはならないと勇気を奮い立たせ、ヒロはノックしないでいきなり扉を開けた。
午後の穏やかな木洩れ陽が降り注ぐ部屋の一番奥で、粗末なベッドに起き上がり、ペンダリオンは窓の外を眺めていた。
半分だけ開いている窓から風が入ってくるたびに、茶色の癖のかかった髪の毛がふわふわと揺れている。
彼は目どころか顔すらこっちに向けなかった。
それから暫くすると、顔だけゆっくりとこちらに向け、まるで空気の流れをみているみたいに乾いた目をしてヒロのことを見ていた。
驚くべきことに、その風貌は以前とは全く違っている。
げっそりと頬がこけ、顔色もすこぶる悪い。
自信家を象徴するような、茶色の目の奥に見え隠れしていた鋭さも感じられなかった。
それだけではない。
頭巾を被っていない頭部には、思わず目を覆いたくなるような酷い傷痕が残っていたのである。
医療用の布を絶えず巻いていた最も大きな理由はここにあったのかと、ヒロは声をかけることすら躊躇ってしまった。
「……久しぶり、ヒロ」
隠し事が出来ないヒロの戸惑う様子を見て、フッとペンダリオンの表情が崩れる。
思っていたよりその声に覇気があったので、ヒロは少しだけ胸を撫で下ろした。
何とか話せる状態であることを確認し、ヒロは椅子をベッドの横に置いて座る。
テルウやカイも同じ行動をし、椅子に腰掛けようとした。
「今頃になってようやく分かったよ、貴方の正体が。貴方はセプタ人の末裔だろ? それに父さん、……大陸一の剣士と呼ばれたダリルモアの実子だったんだね」




