真実か嘘か
ガシッ!!
腹に響くような重い音。
勿論、本気ではない。
連れ去るのが目的なのだから、ここで死んでもらっては困る。
それに、そんなだいそれたことをしたら、シュウは深い哀しみに暮れ、私を憎み続けるだろう。
だからこそ、多少の手加減は必要だ。
この白兎はそれをいち早く察知して、ジェシーアンの懐に入ると、振り下ろした柄の部分を握りしめたのだ。
「あなた!! 初対面なのに、どうして私に敵意をむき出しにしてくるの?」
そう白兎に言われてジェシーアンの双頭槍を持つ手に力が入る。
その言葉。そっくりそのままお返しする。
どこでシュウと接点を持ったのか。
そして、どうして彼の心を捉えて離さないのか。
ギリギリと追い詰められてもシキは必死に抵抗している。
細腕ながら、これほどまでに力強いのかとジェシーアンが感心するほどだった。
しかし体力を全部使い果たしたのか、張り詰めた糸が切れたように、突然ジェシーアンの胸に倒れ込んできたのだ。
思わず双頭槍を持っていない方の腕でその身体を抱きとめた。
「シキ!!!!」
壁際まで吹っ飛ばされたアーロンがやっと目を覚まし、大声で叫んだ。
彼女の方へ駆け寄ろうと剣を握りしめた時だった。
「二人とも動くな!! こちらを見ろ!」
ジェシーアンの腕の中でシキが薄目を開けて声のした方を見てみると、そこには白い頭巾を被った男たちに取り押さえられているタリードや兵たち。そしてその端の方には、顔から血の気が引いて、両手で頭を抱え込んだリヴァの姿があった。
タリードが「アーロン、捕まってしまって、すまない! これは罠だ。こいつら変なんだ、キルアともデルフィンとも無関係な奴らだ」と叫んだ。するとすぐに、白頭巾の男たちに容赦なく殴られたり蹴られたりしている。
「お前らが偽の情報を流して、こんなところまで誘い出したのか? どうりでおかしいと思ったんだ。話が出来過ぎている」
アーロンが壁際でそう言うと、すぐさま彼の元へと頭巾男たちは集まってきて、身動きできないようにした。
「情報は時として、意図せず波に乗ってしまうと人から人へと伝わっていく。そうなるともはや誰にも止めることはできない。真実か嘘かは二の次だ」
謎の笑みを見せながら話す男は一人だけ頭巾を被っておらず、頭を抱え、へたりこむリヴァに剣を突きつけている。
「その昔、ある少年兵がいた。彼らはカルオロンの最終兵器、通称、“灰色の梟”、洗脳された少年兵だった。だが彼らの精神が耐え切れず、その計画は大失敗に終わる。たった一人の例外を除いて。脱走した一人を追ってきたカルオロン兵は偶然、開けてはいけない箱を開けてしまい、悲惨な末路を辿ることになった。そんな“灰色の梟”たちを操っていたのは精神に響く、ある周波数の”音“だ。どうだリヴァ。今、大人になった君にこの”音“を聞かせたらどうなるだろうか? いともたやすく操れるここの領民たちと違い、悪魔の烙印を押された君は、女王陛下と互角に戦えるか? それとも、あの時と同じことを繰り返すか?」
と狡猾な表情を浮かべた。
頭巾を被っていない男の隣には、白頭巾を被った細い目をした男が首から手回しオルガンをぶら下げていた。
リヴァは手回しオルガンを見るなり、恐怖に慄き、精神的な混乱がみられる状態で目も血走っている。
「あの日から、ロウェナの仇を取るためだけに生きてきた。さあ、交換条件だ、女王陛下。そこにいる女将軍と一緒に部屋を出て行ってもらおうか。貴方を然るべき場所へ連れていく。さもなくば、壊れていく彼を見ることになる」
シキは自信満々に話をする、頭巾を被っていない男を睨みつけていた。
この男と、手回しオルガンを持っている男。
見間違いなんかじゃない。
以前、ヒロに矢を放った男たちに違いない。名は確かペンダリオン。
リヴァの古い知り合いで、彼に恨みを持っていると言っていた。
もしもここでリヴァの烙印が発動したとしたら、フィオーを襲った時と同じ状況になってしまうかもしれない。
それとともに、シキの中に様々な想いが湧き立つ。
少年兵として生き地獄を味わってきた彼に対する憐れみの気持ちと、彼を生み出した無用な戦が絶えぬ世の中に対する怒りの気持ち。
「どうしたの、然るべき場所へ連れていくんでしょ? このような小細工しなくても、私は逃げも隠れもしないわ」
シキが俯いたままそう言ったので、ジェシーアンは手筈通り、力を封じるための手枷を嵌め、部屋からシキを連れ出そうと扉の方に向かった。
女将軍!?
どうりで大女である上に腕っぷしが強いわけだ。
咄嗟に身体を翻さなかったらどうなっていたことやら。
それより、どうやってここから脱出するか?
下手にでればおっさんもタリードたちもやられてしまう。今はじっと時期を来るのを待つしかないのか?
アーロンは周りの状況を瞬時に判断し、率先して何をすべきか考えを巡らす。
しかし、ペンダリオンは「さあ。今こそ長年の恨みを晴らす時が来た。さらばだ、リヴァ!」といって約束をいきなり反故にし、剣を高々と掲げたのだ。
「……ゆるさない、…………ゆるさない。だれも、かれも………………み……な……」
その時、下を向いていたシキの眼が煌々と赤く光りだした。




