幽霊屋敷
豪族の長デルフィンが治める地キルアでは、あるものが飛ぶように売れていた。
特別な人にならないと買えない、というその商品は人伝てに広まり、購入場所を探し当てるのに人々は躍起になったという。
(遠路はるばる、此処まで足を運んできてくれた貴方にだけ、特別にとっておきの情報をお教えいたしますよ。実はですね……)
自分が特別だと思い込んだ人々は、商人ふうの男に意図的にコントロールされているとは知らず、根も葉もない噂を流していた。
あるものが術師のような不思議な力を得られる魔法の回復薬なんかではないとも知らずに。
この件について、シキはリヴァやアーロン兄弟たちを含め、ごく少人数でキルアへと向かうことにした。
大勢の兵を連れ立って歩くと、更に闘争心を煽る事にもなりかねないとの判断だ。
彼らは旅芸人を装い、シキは顔や頭をベールで覆う踊り子の格好をしていた。
万が一にも、銀髪が発見されてしまえば、女王であると勘付かれ衝突の火種になるため慎重に行動したつもりだった。
大通りが入り組む雑踏の中、ふと人とすれ違った時、シキのベールがめくれ上がってしまう。
皆一瞬凍りついたが、その下に装飾品をつけていたため何とか事無きを得た。その時すれ違った黒い髪の女性はそのまま雑踏に紛れて消えていった。
すぐに気を取り直して、人質の即時解放を求め豪族の長デルフィンの屋敷へと向かおうとした時、五歳くらいの男の子がバランスを崩して前のめりになり、いきなりシキに抱きついてきたのだ。
「あら!! あなた大丈夫?」
しかし、その茶色の髪色をした男の子は抱き付いたまま、声をかけたシキを見上げてニカッと微笑んだ。
(お探しの場所に案内いたしましょうか、女王陛下?)
男の子は何も喋っていないのに、どこからともなく声が聞こえるのだ。
シキだけではない、リヴァやアーロン、護衛兵たちも背筋が凍る。
「しまった、いつの間にか取り囲まれちまっている!!」
アーロンがそう叫んだ時は、シキたちは群衆の流れにのまれ、あっという間に押し流されてしまった。
(……こちら、……こちら、女王陛下こちらです)
肩や身体を互いに押し合いながら、群衆はどこかへ移動している。
すでにタリードや護衛兵たちの姿は見失ってしまい、リヴァとアーロンはシキから離れないよう守ることだけで精一杯だった。
そして気が付いた時には、周りになにもない平地にポツンと建つ廃屋同然の屋敷の前で三人は取り残されていたのである。
「だいぶ流されてしまったようだ。ここは何処であろうか?」
リヴァはシキを抱き締めながら、彼女の体調を気遣い、座ってゆっくりと休める場所を探そうと周りを見回した。
「さあな。タリードや兵たちも消えちまったし。それよりも、何なんだよ、あいつら。襲ってくる訳でもなく、こんなところまで連れてきて気持ち悪い。ここがもし豪族の長の屋敷だとしたら、どうせ碌な奴じゃねぇぞ、今にも崩れ落ちそうで幽霊屋敷みたいだ」
アーロンは目の前の廃屋を見上げて、尻込みするように言った。
その時、シキはリヴァの腕の中でピクッと動いた後、じっと耳を澄ましている。
「ねえ、屋敷の方から何か声が聞こえない?」
「ええええっ!? ま、まじか?」
「アーロン殿、悪いが中の様子を探ってきてくださらぬか? 私は陛下の傍を離れるわけにはいきませぬゆえ」
リヴァは以前、目を離した隙に矢で射られた教訓から、ひと時もシキから目を離さない。しかしアーロンは明らかに怪しい動きをし、屋敷に入るのを躊躇しているようだった。
軍神ともあろう者が幽霊を怖いとは何事かと、リヴァは眉間に皺を寄せたまま、「では、私が確認してきます。くれぐれ、くれぐれも彼女のことお願いしますよ」としつこいくらいに何度も念押しした。




