挟撃
分かれ道の一方は、シキ達が進んだ山を登る道であり、もう一方はアーロン達が進んだ敵陣の正面へと向かう道であった。同時に攻撃すれば挟み撃ちができる。
これこそ軍神と呼ばれたアーロンが打ち立てた戦略計画なのであるが、フォスタの兵たちの背後にはほとんど垂直に見える断崖絶壁が迫っている。
つまり山を登ったシキ達がいるのは断崖絶壁の山の上なのである。
リヴァだけではない、兵たちは真下に見える崖を前にし、不安そうな表情をしてたじろいだ。
しかしシキだけはじっと敵陣を見下ろしていた。
夜が明け、食事の炊き出しと思われる煙が数カ所上がっているのが確認できる。
まもなく、起床笛の合図に合わせて兵たちが起き出してくる頃だろう。
(あなたは違う。自分の意志で決定し、行動することができる。それがどんなに尊いことかわかりますか?)
マリカルに言われた言葉がシキの脳裏にふと浮かんできた。
政略結婚の道具になってしまうのではなく、女性でも信念を持てば何だってできる。
マリカルが最期まで守りたかったアーロンのため。
そして、君主として国を守りたい自分のため。
この断崖絶壁を駆け下りてみせようではないか!
「リヴァ、馬を持て! 皆、無理強いはしない。ついて来られると思った者のみ、私に続け!!」
そう言って馬に跨り、鋼鉄の鎧兜をつけると風のように崖を駆け下りたのだ。
見事な手綱捌きで大きく突き出た岩の突起などを見極めながら、重心をしっかりとって降りていく。
昔、書庫で読んだ本によれば、海を越えた異国ではあえて崖で生活する動物もいるという。彼らは不足している栄養素を補うため、そして天敵に襲われないために崖を上るらしい。
裏を返せば、馬も同じ動きをすれば降りることは実現不可能だと思えなかった。
「………す、凄い腕前だ! さすがは戦女神と称されるだけのことはある。そうか、重心を保ったまま、岩を利用し降りて行けばよいのか!」
感心しきりの様子である兵たちにリヴァは、「女王陛下は勇敢に敵陣へ斬り込んでいかれた。我らも急ぎ援護に向かうぞ、陛下の後に続け!!」と檄を飛ばす。
そうして彼らもシキに続いて崖を地すべりのように駆け降りたのである。
フォスタの陣営では新米兵士たちが食事の支度をはじめたところだった。
大きな鍋に湯を沸かしていると、水面が揺れ出し、突如沸騰した湯が飛び散りだす。
「な、なんだ、地すべりか?」
そう気づいたときは、地すべりではなく崖から降りてきた無数の兵たちによって攻撃を受けたのだ。
まさか崖の上から奇襲攻撃を仕掛けられるとは誰も予想していなかった。
フォスタの兵たちの多くは寝ているところを襲われ、右往左往しながら逃げまどっている。
やがて、崖側の方で敵の侵入を知らせる狼煙が上がった。
「アーロン!!! 狼煙が上がったぞ! あの子、本当に崖を駆け降りたのか?」
タリードは半分の驚きと、残り半分は気持ちが高ぶり、顔が紅潮している。
しかし、アーロンは引き連れている兵たちに向かい、「逃げ場を失ったフォスタの奴らは必ずこちらにやって来る。その時は全員捕虜としろ! 狙いはこの天幕のどこかにいる国王ただ一人。見つけ次第、殺さずに合図を送れ!!」そう冷静に言ってから馬に跨った。
アーロンは夜中に木々を運び、逆茂木を天幕の方に向けて並べて道を塞いでいた。
狙い通りに、逃げ延びようと流れてきたフォスタの兵たちは捕えられる運命となったのである。
「奇襲! 奇襲!! 断崖と正面からの挟撃を受け、我が軍は壊滅状態となっております。いち早く退却の御指示を……」
そう伝令兵に叩き起こされた国王は枕元に置いてあった剣を手に取って起き上がると、すぐさま天幕の外へ出た。
しかしすでに時おそく、フォスタの兵たちはほとんどが捕虜となり、または討ち取られたりして姿が見えず、代わりに多くの男たちに取り囲まれる形になっていたのだ。




