菫色の夕暮れ
洞穴の中だから余計に白く見えていたのか?
リヴァの心配をよそにして、シキは起き上がりながらきょろきょろとあたりを見回してアーロンを探している。
彼女は絶大なる信頼を軍神に寄せていた。
ともに闘った同志であり、慕っていることは確かだ。
エプリトと同盟を結んでいなければこの襲撃だって彼女一人で対処できていたかどうか。
そして何よりも傷ついた者がいると、自分のことはさておき、ほっておけない性分であった。
最愛の妻を失った彼の支えとなり、安心感を与えたいのだろう。
もう幼い頃と違い、塔の中で独り占めできるものでもない。
塔を出れば、多くの人々と関わりながら、さらに美しく羽ばたいていくことはわかりきっていたはずだ。
「彼は天幕の監視を続け、毎日のようにずっと空を見上げています………」
リヴァがそう言うと、シキはアーロンがマリカルを想い深く悲しんでいるのだと、慌てて洞穴を飛び出して行った。
ほら、こんなふうに。
御自身がお疲れになっていても、従者である私に慰めの言葉をかけ続けたように、心に傷を負った者に手を差し伸べられるのだ。
出て行く彼女の後ろ姿をじっと見つめながら、リヴァは複雑そうな表情を浮かべた。
リヴァが言った通り、シキたちとは別の洞穴の前でアーロンは腕組をして立ち、ずっと空を見上げていた。
まるでマリカルの瞳みたいな菫色の夕暮れは、アーロンを優しく包み込んでいる。
「アーロン、何しているの!?」
心配顔で走り寄って来たシキに呼ばれてアーロンは微かに笑みを浮かべた。
「………何って別に。天気の状態を確認しているだけだぞ。ほら夕焼けがこれだけ綺麗だと明日は晴れるな。そして恐らくあいつらも動く。だからその前に敵を叩いておかないと。シキ、さあ作戦決行だ」
マリカルの瞳の色をしている夕日に包まれ、彼女の魂にアーロンが語りかけていたようにシキの目には映って見えたのだ。
それからアーロンが打ち出した作戦を聞き、リヴァは猛反発した。
体調が万全ではない彼女を前線に出すなど言語道断。あってはならないことである。
しかし、少ない手勢で攻撃を仕掛けるのにシキは不可欠であり、君主として国を守りたい彼女自身の意思は揺るぎないものだった。
その後、攻撃に向けて粛々と戦闘の準備を整える。
まずアーロンは、兵たちを二手に分けることにした。
敵陣に向けてアーロンたちは右側の山道を、シキたちは左側の山道を敵が寝静まった真夜中に気づかれないよう慎重に突き進む。
攻撃を仕掛けるのは早朝の一番鶏の鳴く頃だとアーロンは言った。
蒼白い月明かりの光を頼りに先の見えない山道を隠れて移動し、敵から見えない場所で身を潜め夜明けを待つ。
(お前たちが来た時、必ず俺も行く。必ずまた会おう。くれぐれも無理はするなよ)
別れ際、アーロンはシキにそう言って頭を優しく撫でた。
その時のことが気がかりだったタリードは、「詳細は彼女に話してないんだろ? 調子も今ひとつみたいだし、本当に来るかな、あの子? 来なかったら完全に俺たちの負けだぞ」と再度念押しするようにアーロンに聞いた。
勝つ見込みのない戦いなのは最初からわかっている。
それでも少ない寄せ集めの手勢で立ち向かうには、彼女が持つ高い戦闘能力と戦況に応じて臨機応変に対応する力がどうしても必要なのである。
共に闘い、常に死角になる位置で一挙手一投足を観察していたからわかる。
これは武闘大会で優勝した彼女にしかできない。
そう、この戦略の要はシキにあると言っても過言ではないのだ。
アーロンは彼女がひたすら運命と戦ってきた不屈の闘志に最後の望みを賭けていた。
「おれは彼女と闘って、言葉によらない相通じるものを感じたからわかる。シキは必ず来るよ。必ずね」
アーロンが確信を持ってそう言った時、朝日が昇り、山の木々を照らし始めた。
左の道を進んだシキたちは茂みの中に身を潜めていた。
朝日が顔を出し、彼女と引き連れてきた兵たちを照らし出す。
「な、なんと、これは!!!」
リヴァは驚き、何かの間違いではないかと見つめたのは、眼下に広がる、小さくてまるで玩具のような敵陣だった。




