拝謁
城に戻る形でもう一度水路伝いに走った先に白いガボゼがあり、中で幼児が鼻歌まじりに歌いながら本を読んでいた。
「エスフィータ、エスフィータ………………」
「ちょっと、そこの君!!! その歌、誰に教わったの!?」
はあはあと息を荒らげ、物凄い表情で飛び込んできたヒロを見て、幼児はふえと今にも泣き出しそうな顔をしている。
栗毛色の髪に、薄い菫色の瞳。
どことなくグラデスと似ているような気がするのは瞳の色が同じだったためだ。その幼児は、怯えながらもヒロの青い瞳を穴が空くほど見つめていた。
「銀色の髪をした女の子の騎士様に教えてもらったのです」
その特徴から幼児に唄を教えたのがシキであり、唄っていたのは先ほどグラデスが言っていた、姉マリカルの息子であることがすぐに分かった。
シキはエプリトに滞在していた時、恐らくこの息子に会っていたのだろう。
そう考えれば、その後同盟を結んだことも合点がゆく。
幼児を前にしゃがみ込みこむと、震える手で肩に手を当て、「か、彼女は元気だった? どこか怪我などしていなかった? 何か言っていなかった?」と、幼児相手に質問攻めしてしまった。
さすがにこれでは泣き出すか、黙ってしまいそうであったが、幼児はヒロの切実な気持ちを察したのだろう。
「わたしと手合わせしてくださったので、大きな怪我はしていないと思います。この唄は淋しい時、元気をもらえる唄だそうです。騎士様もずっと大好きで、大好きで、だけどもう会えない人がいて。あなたみたいな、その人の青く澄んだ瞳を思い出すと、心にぽっかり穴があいたみたいになるって言っていました。私も父や、母には会えないけど、いつか待っていれば迎えが来るかと思って歌っていたのです」
相手の期待に応えようと、シキの様子をそのまま伝えてくれた。
いつの間にかヒロは目を潤ませ、子どもらしからぬ物言いの幼児の体を抱き締めていた。
自分と同じように、母を失った幼児の残酷な運命とが重なり、かける言葉が見つかず抱き締めることしかできない。養母セラを慕っていたように、グラデスを母のように慕い、前を向いて進んでいってほしい。
それと同時に、シキが心を込めて唄を幼児に教えていたことが切なく、胸を締め付けられるほど辛かった。
それでもヒロの心の中には一筋の光が差し込むのだった。
あゝ この胸の白い輝きが失われずに済んだ。
彼女は以前と変わらず、同じ気持ちでいてくれたんだ。
今なら何かが変わるんじゃないか? 彼女も俺と同じ気持ちでいてくれたのなら、再びやり直せるかもしれない。彼女の気持ちを確認した今ならば。
「フリン様……」
フリンを探しにきた侍女はガボゼの中でフリンを抱き締めている身なりの良い青年のことを、誰かわからず不思議そうに見ていたのだった。
「皇帝陛下に拝謁する機会を賜り、恐悦至極に存じます」
ペンダリオンは執務室の奥に座るシュウに向かい、珍しく丁寧な挨拶をした。
執務室には中心に大きなシャンデリアがぶら下がっている。壁紙から椅子、カーテンに至るまで、室内も落ち着いた赤で統一され、どこもかしこも高価な調度品が飾られている。
今やカルオロンは近隣諸国を制圧し、生地の生産だけでなく、物資の流通、人の往来のある巨大な帝国となっていた。
ヒュウシャーの時代と比べても遜色がない、まさに大陸一の軍事大国。
そんな大国に絶対君主として君臨する皇帝シュウ。
そして傍で皇帝を支え、カルオロンの女将軍となったジェシーアンが指揮するのは、徹底的に色分けされた兵士たち。
加えて皇帝に心を奪われ、人形のように操られる灰色の梟と呼ばれる最強部隊だった。
これも貧困が生み出した弊害の一つだろう。
心を奪われるとは夢にも思わず、豊かさを求めて帝国へやってくる者たち。
ジェシーアンはそんな兵を指揮しつつ、シュウの護衛も務めている。
あれから特段変わったところはなく、相変わらずシュウは淡々と執務をこなしていた。ジェシーアンが知る限り誰とも接触はない。
そんなある日のこと、シュウにお目通りを願いたいという男たちが現れた。
白い頭巾を被った男たちは皇帝直々に呼ばれたという。
本来なら謁見は玉座の間で行われるものであった。
ましてや皇帝直々に指名されたならば尚更であろう。
しかし人払いの意味合いも含まれているのか、情報屋を営むペンダリオンとその部下のロイは執務室に通されたのだ。




