敗戦国の代償
カイとアラミスはいつになく神妙な面持ちでヒロの前に立っていた。
玉座の間にはテルウだけなく、何故かユイナも呼ばれ、彼女は着席させられていたのである。
「なんだよ、二人して真面目な顔して」
普段と違い、嫌な予感しかしないヒロが二人に問いかけた。
「ヒロ、いいか落ち着いてよく聞くんだ。青天の霹靂ともいうべきか、先程ミルフォスから正式な使者がやってきて、お前の婚姻の儀が行われることになった」
いつもなら椅子からずり落ちるヒロもカイの言葉を聞いて、今日ばかりはずり落ちる前に、肘掛部分を震える手で掴んでいた。
「………は??? カ、カイ、何、冗談言ってるんだ? 俺は何処の誰かも知らない人と婚姻なんてしないぞ」
こればかりは到底納得できるはずもない。
ヒロが今も足繁くミッカの墓石に通っていることも、ラミとの婚姻を断り続けていることも、すべてはシキへの想いがいまだに断ち切れないからだろう。
そんなヒロに血判状の内容は判決を言い渡されるも同然だ。
その衝撃の内容とは、
二十年前、ヒロの実父であるパシャレモ王は死ぬ間際にある密約をミルフォス王と結んだ。王太子であるヒロの命を助ける代わりに、ミルフォスにいる王女と婚姻関係を結び、忠実な属国となることをパシャレモ王自らの血を使って誓約させたのだった。
ミルフォスにいる王は病の床に伏し、明日をも知らない命。
長らく行方不明だったヒロが見つかり、勢力を拡大している今、ミルフォス王が密約を切り札に血判状を携え使者を遣わせた。近々離縁させる長女マリカルは南東部のエプリト領主の妻であるため、次女のグラデスが明後日嫁いで来るという。
「むっ、無理、無理、無理!!! すぐに断れよ、カイ。だって父上の命を奪ったんだぞ、そんな国の王女なんかまっぴらごめんだ。それにその子だって、好きこのんで敵国なんかに乗り込んで来るわけないだろう?」
ヒロは頭の中が整理できていないようで、肘掛を触ったり、頭を抱えたり、不安そうに二人を見ていた。
そしてその様子を見かねて、ついにアラミスが、がっくりヒロの前で膝をついた。
「仰る通りです。しかしそれが彼らのやり方なのです。娘の方だって国の利益のため、婚姻させられることは生まれつき理解してはず。娘を嫁がせて姻戚関係を結び、勢力を広げ、自国の政権を維持する。陛下から血判状を取っていたのもそのためです。しかし血判状がある限り、殿下が契約に従わなければ、契約を守らない国であるとみなされます。………殿下、私は本当のところ、ユイナさんのような方と結ばれて欲しいと願っていました。結果的にこうなってしまったのはすべて陛下の側近だった私の責任です。私が二十年前、あの場を離れなければ………。ですが、ここは国や民を守るためどうか、どうか婚儀に臨んでください」
そうアラミスが心からの言葉を伝えると、ヒロは血の気が引いたような顔をして椅子に座ったまま、呆然としていた。
「ヒロ、こればかりはもうどうすることもできないと思う。血判状は正真正銘本物だったから、お前は責任を負い、敗戦国の代償を支払わなくてはならない。王太子であるお前は生まれた時から、俺たちとは背負っているものが違うんだ」
カイが言ったこの言葉はヒロの微妙な立ち位置を指し示している。
パシャレモはかつての敗戦国であり、一度は滅亡してしまった国であった。
王太子としてひょっこり現れ、東側で抜きん出た存在になっていても、その時のツケが、今頃になって回ってきているのである。
ヒロは到底受け入れがたい現実に向き合うことが出来ず、立ち上がるとまるで夢遊病者のようにふらふらと何処かにいってしまった。
テルウがすぐに追いかけようとしたが、「可哀想だから、一人にしといてやれ」とカイに言われ、残された四人はそのまま王座の間にとどまった。




