尊い方
残酷な静寂を打ち破るように、貴賓席に座っていた巨体が終に動き出した。
彼は貴賓席のある二階から一階に降りると一等席の端にある頑丈な金網を役人に開けさせてから、一人で闘技場に入っていく。
危険を感じ、慌ててリヴァも金網を乗り越えて闘技場にいるシキの元へ向かった。
馬乗りになったシキの剣は倒された三十三番の兜すれすれの位置に突き刺さり、彼女はほんの一瞬ぼやあっと眼を赤く光らせから、肩ではあはあと息をしている。
走ってきたリヴァは肩を貸して、馬乗りの状態からシキを起き上がらせると、すぐに彼女を庇う様な格好をした。
のっしのっしと歩きながらリヴァたちに近づいてきた大男は立ち止まると、
「見事なやられっぷりだな。アーロン」
そう言って三十三番に向けて手を差し伸べた。
三十三番はガントレットの甲の部分を兜の目の上に置いていたが、差し出された男の手を掴みがばっと跳ね起き、すぐに地面に叩きつけるように兜を脱ぎ捨てた。
「迎えに来るのが遅い! 太刀先が少しでもずれていたら殺されるとこだったぞ、この役立たずの木偶の坊!!」
騒いでいるのは馬のような栗毛色の髪をしたシキと同じ背丈位の男であり、彼はぴょんぴょん跳びはねながら、二メートルを超える大男の頭をボカスカと叩いている。
しかし大男の方は、ガハハハッと大笑いをしながら、頭に手を当てた。
「そう、かっか怒るなよ。アーロンが叩きのめされるのが珍しくて、つい。しかも女の子にって。飛ぶ鳥を落とす勢いの軍神の名折れだぜ。くくっつ」
笑いのツボにはまり腹を抱えて笑っている大男の頭を脇に抱えた三十三番は締め上げて更に頭を叩いている。
二メートルを超える大男を頭蓋骨固めしている小柄な男。
非対称的な二人は傍から見たら、仲良く戯れ合っているようにも見えた。
「うるせーーー! エプリトに恨みを持つ反乱分子を炙り出すために、武闘大会を開催して一網打尽にしようとしたのに、この女に美味しいところは持っていかれるし、弱いと見せかけてサクッと優勝するつもりが、優勝も掻っ攫われるし。これじゃあ良いとこなしだ!!」
「でもその女の子のお陰で二十四番。いや、此処の元領主であるル ヘン公の陰謀が明らかになったんだ。返ってよかったじゃないか? 今、当の本人や仲間の取り調べをしている最中だ。処罰はこれからだな」
三十三番の男は、大男にそう言われても腕組をしてそっぽを向いていたが、ふと目の前でシキのことを庇うように抱きしめているリヴァに目を向けた。
「ところで、あんた誰?」
もうここまできてしまえば、隠し立てする必要もないだろう。
彼女は自らの信念で動き、ついにこの時を迎えたのである。
リヴァは更に強くシキの肩を抱き寄せ、
「わたしはこの御方の従者です」と言って忠実な護衛であることを告白した。
その言葉に大の特権階級嫌いであるこの男が、「……従者?」と眉根を寄せ不快感をあらわすのは当然である。
体力を使い果たし、リヴァにもたれ掛かるシキが本当の目的を告げて慎重に交渉を進めるのには、もう少し回復を待ったほうが良さそうだ。
このまま二人共退場させられる前に、何とか時間を稼ぎたい。
そう思っていた矢先、誰かがリヴァの袖口をぐいぐいと引っ張った。
「あのお…………」
目線を下に向けると、あの公式投票券を売っていた少年が御菓子の袋を持って立っている。
「投票券を売っていた少年ではないか? 君は、どこにでも現れるんだな。要件は何だね?」
リヴァが問いかけると、少年は頬を赤く染めたまま恥ずかしそうに、リヴァの外套の影にお尻を隠した。
でもひょっこり顔を覗かせ、シキに向かい「姉ちゃん、めちゃめちゃかっこ良かったよ。俺も将来、姉ちゃんみたいな、凄腕剣士になりたい。どうしたらなれる?」と素直に質問してきたのだ。
「こら、少年! この御方は国の民でさえ、おいそれと声を掛けることはおろか、その姿を拝むことも許されぬ尊い方なのだぞ。何を隠そう、こちらはバミルゴの女王陛下であらせられる」




