想定外の動作
投げ飛ばされた兜はコロン、コロンと三十三番の足元近くまで転がっていき、ようやく止まった。
そして闘技場に佇む、この世のものとは思えない美しい少女は銀色の髪を靡かせ、手の甲で口をぬぐいながら、三十三番のことを翠色の瞳で見て居たのだ。
息をのむほどの美しさとは、このような状況をいうのだろうか。
黒の鎧姿にそぐわない真っ白な顔は地上に舞い降りた女神のようで、観客は驚きとともに、今日一番の大きな歓声を上げた。
「……驚いたな。旦那が大穴狙いで一点買いした十七番が女の子だったなんて。しかも、えらい別嬪さんだぁ」
少年は食べている御菓子の手が止まり、憧れのお姉さんを見ているようにポヤンとしている。
横にいるリヴァはもうそんな少年のつぶやきや、心づけで購入した御菓子が三つめに突入していることも放っといて、二階席の軍神の反応を見ている。
貴賓席の軍神は足を組んで座り、三十三番と兜を脱いだシキに大きな目を向けたまま動く気配すらない。
何故止めない?
これだけの手練れが二人も見つかったのだ。
武力を重んじる軍神なら、どちらかが潰される前にここで止めさせるべきだろう。
どうせこの二人に金を賭けている者など、ほとんどいないのだから。
ん?
待てよ…………。
情報通のメンドゥーサですら正体を掴めなかった軍神。
平民の出ながら己の才覚と闘志だけを武器に、南東部一帯を支配するまで上り詰めた軍神。
貴賓席で謎めいた笑みを浮かべていた軍神。
軍神なら???
リヴァは突然ハッと顔色を変え闘技場で睨み合っている二人を見た。
「……あの笑みは。なるほど、そういうことだったのか」
そう小さな声で呟いてから、急いで一等席と闘技場を隔てる金網に手をかけた。
その一方、闘技場でしばらく黙って三十三番を睨むように見ていたシキは、地面に突き刺した剣を徐に引っこ抜き、腕を伸ばし、剣先を相手に向けたのである。
本来なら攻撃の意思を示し、剣士の構えをするところだ。
がここは最後の相手である三十三番同様、敢えて構えることをせず、自然体で勝負しようとしていた。
シキは走りながら三十三番に斬りかかっていく。
左右から鋭く剣を振るが、先程とは打って変わり、別人のようにまるでスピードが違う。
次第に三十三番も後退りしながらゆっくり下がっていくが、それでも何とか受け止めていた。
低い膝位の位置から弧を描くようシキが回し蹴りをしても、三十三番は小柄な体格を活かし、軽々と上に飛び上がる。
そして三十三番お得意の、背後から僅かな気配さえみせずに襲い掛かって来たが、シキもくるりくるりと回転しながら移動し遠間を保つ。
ここまでは想定通り。
シキは身を屈め、地面に落ちている何番の物かもかわからない剣をもう一振手に取った。
そして再び呼吸を整え、気力を高める。
ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ。
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
規則的な呼吸音に合わせて、途中から風を切るような音が混ざる。
同じようなリズムを刻みながら、シキは左右の手に握った二つの剣を交互に振り回し、その感覚を身体に刻み込んだ。
二刀剣法での戦い方は二本の剣があるからといって一概に有利とは言えない。
攻撃と防御を同時に行うには、高度な熟練技術を要する。
リヴァの師であるダリルモアは大陸一の剣士と呼ばれるほどの剣の達人であり、実際彼は逆利き手であっても利き手と同じように剣を使いこなせ、先手必勝で斬り込んでいったという。
その師と同じ動きができるかどうか。
しかし既に動きが読まれているなら想定外の動作をするしかない。
これからもまた再び、自分一人の力で戦っていくために。
身体に取り込んだ酸素が細胞の隅々に行き渡り、あの負の力ではない何か別の新しい気を感じた時、ついにフィオーの言っていた体内の均衡を少しだけ保てたと、シキは満を持して切り込んでいった。
シュッ、シュッと素早く二本の剣を動かし、更に回転しながら斬りかかる。
相手も後退りしながら、左右に剣を素早く動かし受け止めているのは流石である。
敵に不足はない。
そして鍔迫り合いをした時に、シキは右側の剣を上空へと高く放り投げた。
ほんの一瞬の気の迷いが、命取りになることもある。
三十三番は真横からか、真上からか、先の動きが読めず身体を固くしてしまった。
その隙にシキは、くるくると回転して落下する剣を三十三番の肩に飛び蹴りをして上空で拾ってから、地面に倒れた相手に馬乗りになり一気に振り下ろした。
「やああああああーーーー!!」
ザンッ!!!




