最下位の二人
立ち寄った酒場の出口付近で、すれちがいざまにリヴァは男と肩がぶつかってしまった。
シキが外套からこっそり見ると頬に深く刻まれた印象深い刀傷のある男。
男に難癖をつけられシキの姿が暴かれない様、リヴァは咄嗟にいくらかの金を握らせた。
物足りなさそうな顔をしていたが、待ち合わせしている人物に呼ばれて、それ以上は催促してこなかった。
理由は至って簡単。そっちの方が大金を手に入れられると踏んだのだろう。
そして治安の悪い地域にわざわざ足を運んだ社会的にも高い地位にある人物に呼ばれ、舞い込んだ大きな仕事を失わないために、粗暴な彼にしては珍しく丁重な言葉でこう答えた。
(………ル ヘン公か?)
「お、お前、まさか。あの時、今にも吐きそうだった外套姿の、………聞いていたのか?」
偶然が重なり、あの出入り口で居合わせた者同士、闘っていたことに、男はその時初めて気が付いた。そして黒幕が誰なのか吐かせるまで自棄を起こさないよう、シキはさらに強く首を締め上げた。
「呼び方から察するところ、雇い主はエプリトに私領を奪われた元領主だろう。軍神が主催する武闘大会の噂を聞きつけ、そなたたちと共に潜り込んだ。自分は体力を温存して最後まで勝ち進み、軍神に目通り叶った時点で復讐するという筋書きで。今残っているのは、六番、二十四番、三十三番。さあ、この中で本物のル ヘン公は誰だ、答えよ!!」
示し合わせた三人で出場選手たちを倒す。
それだけで金が入ると持ちかけられたが、上手い話しどころか死と隣り合わせの危険な試合だった。
いや、それだけではない。
密会する場にたまたま居合わせた十七番に陰謀を企てていたことについて暴露されたのである。
武力を重んじるエプリトにおいて、神聖なものとさえる武闘大会で裏工作を行ったことが軍神の耳に入ろうものなら、大会を汚したとその場で切り捨てられても文句は言えない。
男は恐怖から体をガタガタ震わせ、血走った目をゆっくりと動かし始める。
せめて自分の罪を軽減するためにと、ル ヘン公に目を向けようとした時の事だった。
「うわあああああああ!!」
二人の前方から恐ろしい悲鳴が聞えて来た。
何が起きたのかと目を向けると、遠巻きに様子を窺っていた六番、全身茶色の修道士のような服装を纏った男が倒れている。
そして間を置かず、次に二十四番、背が高い黒い外套姿の人物が倒され、背中側から刺されていたのだ。
シキが締上げている男もこれを見て、まず助からないと思ったのだろう。
「ひいいいぃぃ! もう無理だ、助からねえ!!!」
当たっている剣先が首を傷つけるのと引き換えに、シキの腕を振りほどき、わあわあ意味の分らない言葉を喚き散らしながら、男は首を押さえ出口に向かって走り出した。
しかし矢のような速さですっ飛んできた青黒い塊に追い付かれると、背後から攻撃を受け、あっという間に倒されている。
会場がどよめくのは当然である。
あのいるんだかいないんだかわからない影の薄い青銅色の鎧。
地下室でカタカタ震えていた三十三番が、目にも止まらぬ早技で三人まとめて倒してしまったのだ。
どよめきから一転、観客から大喝采を浴びているのは、誰も勝つなんて思っていない最下位の順位である十七番と三十三番の鎧兜を身につけた二人だった。
皆、様々な思いを抱えてこの武闘大会に臨んでいる。
それは自分だけではなく、これから死闘を行う最後の相手となる三十三番も同じだろう。
ここまで無事に勝ち残ることができた。
シキはバミルゴの神へ祈りを捧げるためと、幼い頃より剣を指導してくれたリヴァに対する感謝のため、目を閉じて静かに胸に拳を当てる。
「ついに尻尾を出したわね。三十三番……」
そして観客のワーッという歓声が湧き上がる中、青銅色の鎧の人物に向かって言った。




