反撃の機会
「この話は、デルタトロス創世記とされる話の一節です。私は疫病の話を聞いた時、ふとこの邪神の事が頭をよぎりました。乳母がよく言っていたのです、戦争が起きるたび、流刑された邪神が今も大陸を支配するため、反撃の機会を狙っているのではないかと。まあ子どもに聞かせる御伽話みたいな話ですがね。地理的にもそのような島は見当たりませんし」
アラミスはあくまで説話であると思っているようだが、ヒロたちは少し違った観点からこの話を聞いていた。
絶滅危惧言語のセプタ語を正確に理解している者はほとんどいない。
そんなセプタ語や、伝達手段である笛言葉も理解していた、ヒロたちの養父ダリルモアや、シキの母親カージャもまた、伝承者であるセプタ人の末裔なのではないかと思っていたのである。
「………ラミさんの額に印があってもなくても、今や族長ロジ殿の影響力は計り知れません。疫病に有効な薬の開発の件もありますし、これからも彼らと懇意な関係を続けていくしかなさそうですな。領土を拡大する意図があるならなおさらです」
認めざるを得ない状況であると、アラミスは深い溜息を漏らした。
「領土がどの国家に属するかなんて、興味がないし、広げたいとも思っていない。それが引き金となって争いが起きるならなおさらだ」
ヒロがポツリと言ったこの言葉に、アラミスたちは腰を抜かしそうなほど仰天した。
あの寝てばかりのやらかし殿下から、心を打つ名言が飛び出すとは思っていなかったカイとテルウはあんぐりと口を開けている。
アラミスはミッカの忘れ形見であるかけがえのないヒロの成長を感じ、感無量といった表情で目にはキラリと光るものを浮かべていた。
「そうですね、……すみません。すっかり年をとり涙もろくなってしまって。争いさえ起きなければ、ミッカ様も今頃ここでこうしてあなた達と楽しくお茶でも飲んで、殿下の成長を肌で感じていらしたかと思ったら、胸が熱くなってしまって。……もう、お気づきかと思いますが、私は初めて会った時から、ミッカ様の事をお慕い申し上げておりました。この歳になってもまだ忘れられず、二人で過ごした美しい思い出に浸っているのですよ」
ついにアラミスはミッカに対する思いを白状したのだ。
ミッカを思い出し、ひどくしんみりとしていているアラミスを心配して、ヒロはすぐに立ち上がり彼に駆け寄った。
そして肩に手を当て、ミッカと同じ青い瞳で心配そうな表情になって覗き込んでいる。
(大丈夫よ、アラミス。だからもう泣かないで。ずっとあなたたちを見守っているから)
ミッカの面影を残すヒロの姿と、在りし日のミッカの姿が目の前で重なった時、アラミスは思わずがしっと両手でヒロのことを抱きしめた。
そして幼い子どもにするように、何度も頬ずりをしている。
「おわっつ!? 何だよ、急に。アラミス!」
「ああ、可愛い殿下!! あなたはいつも私の心を癒してくださる。さあ、もう白状してしまいましたし、今日はあなた方にとことんミッカ様と私の思い出話を聞かせましょう! 彼女がいかに立派で愛らしい女性だったのか!」
カイとテルウの前で、いい年した宰相に抱き付かれているヒロは気恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしている。
そんな二人のことをカイやテルウも微笑ましく眺め、四人はそれからも有意義な午後のお茶の時間を過ごしたのだった。




