誰しも生まれる国を選ぶことはできない
「俺を置いて勝手に帰るな。カイやアラミスもきっと納得する凄い手土産を見つけた! だから道が寸断されていようがなんだろうが、すぐにでも国に戻るぞ」
ヒロはテルウの腕を掴みなおしてから、ガバッと起き上がりにっこりと爽やかな笑顔を見せたのだ。
「うっつ!?」
さ、爽やかな笑顔が眩しすぎる! 後光が指しているみたいだ。
失恋から立ち直ると、こうも輝きが増すとは。
しかも手土産って、新しい相手(嫁)を紹介する気か。
気付くとヒロはもう既に部屋を出ていった後だった。
「あっ、おい!? 待てよヒロ!」
驚いたテルウは、寝たままの孫娘と扉の方を交互に見比べてから、大急ぎでヒロの後を追った。
おいっっー!!!
嫁は置き去りか?
テルウがようやく先を歩いているヒロに追い付くと、彼はふふふんと珍しく鼻歌を口ずさんでいる。そして、テルウが肉食系女子から聞き出したロジの部屋の前へと到着した。
そして、ノック無しで扉を開けて、
「ロジ殿! ラミ殿を我が国へお連れしたい。許可をいただけるか?」
ヒロはこう言ってラミを一緒に連れて帰りたいと願い出たのだ。
ロジは自室の椅子に座って何やら書き物をしていたのだが、すぐに手を止めて、驚いたように小さな目をまるくした。
ヒロとテルウはロジの隠された仔犬のような瞳を初めて目の当たりにし、うるうると潤んだ目が、やはり昔世話をしていた仔犬に似ているではないかと思ったのである。
「王太子、それは吉報と捉えて良いのかな?」
「吉報?? 何を言っておられるのか、さっぱりわからない。ラミ殿の薬学の知識を暫くの間お借りしたいのだ。俺の弟に会わせ、薬の共同開発に向けての意見交換が終わり次第、直ぐにでもお返ししたいと思っている」
ロジは重々しい顔に変わり、そのまま黙りこくってしまう。
「邪魔者が入らないように女の子たちを立ち塞がせ二人きりにしたが、ラミの可憐な容貌をもってしても落とせんかったか………」と、ヒロやテルウに聞こえないようにぼそりと呟やいた。
その後、ヒロたちが帰郷に向けての準備をしている頃、ロジは杖をつき、ゆっくりとした足取りでラミの研究室に入って行く。
宴の衣装のまま、哀し気な表情でラミは飼育箱の鼠たちを見つめていた。
「何を落ち込むことがあるんだい? 王太子直々に、国賓として招かれたのに」
温かい励ましの言葉をかけられても、ラミは黙りこくったまま、鼠の背中を指で撫でていた。
「ラミ、ひょっとしたら彼のことが本気で好きなのかい?」
ロジは椅子を引き、どっこいしょと腰を下して単刀直入に聞いた。
「………何を言っているの、ロジ。彼は一国の王太子なのよ。私のような不成者と釣り合う訳ないわ。この額に押された烙印により、私達はもう二度と祖国で太陽を見ることは叶わない。遠く離れたこの地で、夜空に浮かぶ哀しい月しか眺める事が出来ないのよ」
机の上に書き溜められた何枚かの研究結果を手に取り、ロジは年老いた目で読み通している。
幼くして家族や兄弟とも死に別れてしまい、甘えたいのに甘えられない子供時代を過ごしてきた。そんな孫娘が珍しく我が儘を言ってくるのは、何かよほど大きなショックを受けているという証拠なのだろう。
「誰しも生まれる国を選ぶことはできない。あんな事にさえならなかったら、ラミだって家柄や地位、充分に釣り合う相手だろう、気にせずともよい。それに今、私は東側で多大な影響力を持っている。彼にとっても、我らにとっても良縁だと思うがね」
「残念ながら、彼は権力に関心が無いみたい。それに私たちは個人の意思を最も尊重する民族なのでしょ? こんな時にだけ、私を道具に使うみたいな言い方はずるいわ、御祖父様」
頬を幼子のように膨らませるラミを見て、ロジはひとまずこれで一安心と笑いながら研究室を後にした。
「目に入れても痛くない可愛い孫。彼が本物の獅子王になる男ならば、遅かれ早かれ私の力を必要とするしかないことに気付くだろう。だから心配しなくても彼を難なく手にすることができる。そしてその時こそ、我らは仮面を脱いで再び太陽の下に大手を振って歩けるのだよ、ラミ」
ロジは穏やかな微笑みではなく、滅多に見せない獣のような鋭い目つきをして、足場の悪い薄暗い洞穴を慎重に歩いていたのだった。




