大きな節目
奇しくも同じ頃、大陸の東側にある小国パシャレモが、ミルフォスからの独立を表明し、国を興したことが周辺の豪族や部族にも公式に伝えられる。
大陸の西側と東側で大きな節目を迎えていることなど夢にも知らないここバミルゴの塔の書庫では、リヴァがパタパタとはたきをかけている音が響いていた。
暇つぶしに読んでいるのとは違い、熱心に書物を読み耽っているシキの様子が気になって、はたきをかけながら少しずつ距離を縮めていく。
そしてついに、その書物の題名表記を見て思わず驚きの声をあげてしまう。
「“相手の気持ちがわからないとき読む本” 何ですかこれは!? というかこんな書物が此処にあるのですか?」
「ちょ、ちょっと、どさくさに紛れて勝手に見ないでよ」
「さては……、あの青い瞳の彼と何かありましたね? そう顔に書いてありますよ」
えっ、そう? 顔に書いてあるの? と言わんばかりにシキは、焦って頬に両手を当てた。
そんなしおらしい態度を見せて、今日はあなたの大嫌いな芋を倍増だ!
心の中で少しだけ意地悪な気持ちになりながら、
「それで、一体何がわからないのですか?」とぶっきらぼうな口調でリヴァはシキに訊いた。
「あのね。男性は一般的に好意を持っている相手にどんな態度で接するのかしら?」
「例えば、どのような?」
「えっ、あの、そうね。…………私はずっとこの塔にいるから、世間一般のことがよくわからなくて。世間では、意中の相手のことを、崖から突き落とすのかしら?」
よりによって、そんなことをっっ!
「しませんよ。そういったこと普通の男性は!!!」
しかし心配そうに翠色の瞳で覗き込んでくる姿が、あまりにも愛おしくて、結局慰めの言葉をかけるしかなかった。
「あの彼、マイペースでどこか周囲とずれたところがあって、まあそれが彼の魅力だと思うのですが。だから大事な場面で、やらかし……、いや裏腹な態度をとってしまっただけだと思いますよ。たぶん。………因みにもう一冊は何の書物ですか? って超常現象!? なんでまた」
「予兆もなく、同じ男性が何度も目の前に現れるのは何故かしら」
「………そのような凶々しいものが、見える体質でしたか?」
「その男性は、線が細くて流れるような金髪をしているの」
「うーーん。私に言わせれば、あなたの存在自体が超常現象なのですが……。だからやはり見える体質なのでしょう。そんな事より、さあさあもうすぐお支度のお時間ですよ」
シキはもうそんな時間? と本を閉じて、リヴァの手をとり寝室に隣接する彼女の衣裳部屋へと向かった。
「それにしても、一日に何回も着替えて、何回も湯殿に入らなくちゃならないなんて、誰が決めたのかしら?」
「それが、古くからの慣わしだから、仕方がありません」
彼女が台に立ちあがると、リヴァは手際よく服を脱がせ始めた。
そして、白い肌の上から真新しい服をふわりとかぶせ、襟元を正して、腰紐をグイグイ背中側で締める。
締上げるたびに、唇から漏れる吐息が紐を締めているリヴァの耳に届くと、まるで悪夢を見ているような気にさえなってしまう。
「ねえ、本に書いてあったけど、あなたは毎日のように私にこうして触れて、ドキドキしたりしないの?」
――――しない訳ないだろう!
この美貌を前にして、靡かない男などいるわけないではないか。
自己鍛錬の賜物により、いつも理性が飛ばないようにしているだけだ!
こんな枯れ果てた中年男よりは、突き落とされても、あの青年の方が魅力的に決まっている。
それにいい年をして、想いあっている二人の恋路の邪魔をするほど落ちぶれちゃいない。
「一応、仕事ですから」
「そうなの? そうよね………」
お願いだから、そんな目で見るな!
上目遣いでフーンそうなんだ、と不思議そうに見つめるその仕草が惑わすように色っぽくて、握り拳を握ったリヴァはついつい口から思いのたけをこめて叫んだ。
「あああ、もう! 今日は、すべて芋尽くしだ。芋、芋、芋のオンパレードです。これを機に少しは慣れて食べて貰いますよ!!」
「なによ、急に? お芋は嫌いだっていつも言っているでしょうーー!」