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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死なない王様

作者: 野狐もず


 勇者。それは、古来より人々を魔王から救うべく現れる救世主……のようなもの。かつてはどこからともなく現れ、今は女神の神託や王の慧眼で見つけ出される、神秘の存在。


 ……というのは、子供だましの嘘もいいところで。実際のところは、王様の気まぐれにより選ばれる人身御供の鉄砲玉である。数百年あるいは百数年に一度、魔王の復活に合わせて選定された勇者は、魔物殺しの剣を持たされ仇敵のもとへ差し向けられる。そして「国に逃げ帰れば死刑」という究極の背水の陣で魔王のタマを取りに行かされるのだ。

 これは魔王を倒しきる〝真の勇者〟が現れるまでずっと続く。当代の勇者が死ねば、速やかに次の勇者が選ばれる。


 ――いつの時代からか、これは俗に「勇者ガチャ」と呼ばれるようになった。当たりが出るまでつづく、狂気の風習である。



◇◇◇◇



 当代、というか今現在の勇者は、ただの町娘である。名をアリサという。不運にも勇者ガチャの犠牲となり、王様から四人の魔王討伐を命じられた彼女は今、一人とぼとぼと薄暗い沼地の道を歩いていた。


 生まれてこの方、剣など持ったことのないただの町娘であるアリサに魔王を倒せる気など到底しやしない。しかし戻れば死刑との事なので、仕方なく〝一番弱い〟らしい地の魔王から倒しに行く事にしたのだ。


 はてさて、地の魔王といえばそれは恐ろしいアンデッドの親玉であるという――アリサは、腐臭漂うでろでろの怪物の姿を思い浮かべて身震いした。しかし、退けば王様に殺されるだけである。押し付けられた幾ばくかの金貨で持てるだけの聖水を買い込んで、渋々、地の魔王が住む沼地の古城に向かうしかなかった。


 魔王と言えど、親玉と言えど、アンデッドはアンデッドである。聖水を沢山ぶちまけてやれば勝機があるかもしれない。今はそんな当てのない希望にすがるしかないのが、アリサの置かれた悲しい現実であった。



◇◇◇◇



 曇天の下、どこかの林で名前もよく知らない鳥が気味の悪い鳴き声を上げている。


 真昼という事もあってか、沼地にアンデッドの姿はひとつもない。お陰でアリサは古城まで何者にも会わずやってくることができた。……いささか、何か妙な気がしないでもないが、ここまで来て戻るという選択肢はない。アリサは恐る恐る古城の玄関扉を押してみた。


 魔王の城にふさわしく重厚な扉は、あまりにも呆気なく開いた。戸締りもしていないとはまったく不用心だが、もしかすると、地の魔王は挑戦者が来る事を予期して、敢えて敵を迎え入れるつもりなのかも知れない。また、勇者の人選は時代を経るごとに適当になっているから、そこまで恐れていないのかも知れない。


 魔王の考えることなどよく分からないが、入れるというならそれに越したことはない。意を決して足を踏み入れる。――城内は古くさいものの、綺麗に保たれていて、アンデッドの巣窟と言うには不似合いな感じである。


 暗闇から襲い来るアンデッドを警戒して城の中を進み続けるアリサだが、暗い城内は静かに松明に照らされているばかりで誰の気配もしない。また、やはりアンデッドの巣窟とは思えぬ小綺麗さであった。このままでは何事もなく玉座の間へ到着してしまうが、それで良いのか――アリサは悩んだが、退路なき身には考えても仕方のないこと。魔王を殺すか、自分が殺されるかしかない彼女には前進しかない。



◇◇◇◇



 ……そうして結局、アリサは本当に何事もなく玉座の間まで来てしまった。ザルを越して虚無でしかない警備にまさか留守なのかしらと不安になったが、居なければ居ないでまた日を改めようと思い直し、いざ決戦の地へと踏み込む。


 玉座の間は魔法石の薄明かりのみで照らされており、何となくおどろおどろしい雰囲気である。すぐ目の前には天蓋に覆われた玉座があって、そこには美しい男が一人、ゆるりと身を預けていた。


 ――顔色は死人らしく青白いが、濡れ羽色の長い髪は絶世の美女のようにつややか。妖しくも凛々しい顔貌は自信に満ちあふれており、古代王朝の絢爛な装身具に彩られた身は優美かつ不遜に足組みをして支配者の風格を漂わす。それは、よく聞くアンデッドのでろでろな姿とはあまりにもかけ離れていた。


 あれが本当に地の魔王なのか知らん……そう思ったアリサは、訝しげに男を見つめて首をかしげた。


「ふふふ。よく来たな、四十九代目の勇者よ」


 四十九。死苦。よりによってアンデッド相手に、何ともまあ縁起の悪い数字である。それは置いておくとしても、あんな台詞を吐いたという事は、この男が地の魔王で確定だろう。いったい魔族はどうしてしまったのか。もしや見た目を繕うことが流行っているのか。アリサには何も分からない。


「……あなたが、地の魔王」

「ふ……いかにも。私が地の魔王、クラードだ。ただの町娘の身でありながら、よくぞ臆さず私の元へ……って、あつっ!」


 クラードの言葉が終わるのを待たず、アリサは彼へ蓋の開いた聖水入り瓶を投げ付けた。直撃はしなかったが、散った聖水が掛かったようで「じゅう」といやな音がする。


「馬鹿者! 人が話している最中に聖水を投げつけるやつがあるか! ……っと、言ったそばから投げるな!」

「私、あなたを倒さないと王様に死刑にされちゃうんです。人助けだと思って、また死んでください。えいっ」

「な、何というふてぶてしさだ……! お前、それでも勇者の端くれか! 先週来た四十八代目の勇者は正々堂々と私に挑んで死んだというのに!」

「私、死にたくないですから。えいえいっ」

「何だその返事は! 〝自分、不器用ですから〟ではないんだぞ! まあいい、お前がその気なら、私も相応の対応をしてやる……!」


 サイコパスじみた躊躇いのなさで容赦なく正確に聖水を投げつけまくるアリサに、クラードは華麗な跳躍で態勢を立て直し、反撃とばかりに襲いかかる。魔王の本気を出したのか、飛んでくる聖水をことごとく避けてアリサを壁へと押し付けた――何とも奇妙なことに、圧迫感はしっかり感じるものの怪我にまでは至らぬ絶妙な力加減である――。


 そうして一息に戦況を我が物としたクラードは、魔物殺しの剣とたっぷりの聖水瓶が入った鞄を忌々しげに遠くへ投げ捨てる。これでアリサの攻撃手段はなくなってしまった。やはり、町娘程度が魔王を倒すなんてことは無理が過ぎる。


(ああ。もはやこれまで、ってやつだわ。せめて死ぬ時は痛くなければいいんだけど)


 十七年と三ヶ月ちょっと。ほんとうに短い人生だった――そう回顧しながら、アリサはせめて死を穏やかに受け入れようと脱力する。やや諦めが早すぎるのは、やるべきことをやった(聖水作戦が失敗した)結果を素直に受け入れているがゆえである。


 斯くして、眼を閉じておとなしく死の瞬間を待つこと一分……いや、二分だろうか。とにかく、いつまで経っても〝その時〟が訪れない。おかしいなと思ってアリサが眼を開ければ、目と鼻の先にクラードのお綺麗な顔がずずいと迫っていた。不意に視線がかち合ったそれは実に得意気な顔でニンマリしてみせる。


「ふっ……殺されるとでも思ったか? 甘いなァ? 何のために私がお前をここまですんなりと迎え入れたと思っている」

「まさか誰も居なかったのはわざと……」

「当たり前だ。私はお前を呼び寄せるために兵も配置せず、罠も設置せずにいたのだ。普通ならば、我が城へ足を踏み入れた時点で大抵の奴は罠にかかり死んでいる――それをせずにいたのは、お前自身が私の目当てだったからだぞ?」


 男の深い紫紺の瞳が妖しく濡れた輝きを持っている。アリサとてその意味が分からぬ訳ではない。どうやらこいつは誘い込んだ娘に無体を働く気のようだ。アンデッドの王である癖に、まるでオークのような変態野郎である。きれいな顔をしていても、本性がこれではお話にならない。


「ふふふ……お前は思ったよりも胆力があるし、何より愛らしい。特別に私の嫁にしてやろう……」


 己に酔ったキザな仕草で人のあごを掬い、まるで一目惚れした純情な青年のように頬染める男に、アリサは死んだ魚のような目でしょっぱい顔をする。いくら死を約束された鉄砲玉……もとい勇者といえど、アンデッドの、それも中身はオーク並みの変態野郎の嫁などまっぴら御免である。ちょうど近くにあった金属の燭台で、奴を力いっぱいぶん殴って逃げだした。もちろん、魔物殺しの剣と聖水瓶の詰まった鞄を回収するのも忘れない。


「ぐえっ……!? き、貴様、よくも私の顔に傷を……!」


 人間なら致命傷の一撃も、元々死んでいるアンデッドの王には効いちゃいない。奴は曲がってはいけない方向に曲がった首を元に戻し、自分のお美しい顔に傷が付いたことへ元気に憤慨している。そして、あっという間にアリサへと追いついて、二度目の壁ドンを繰り出した。


「――ほんとうに、よくも。よくも私の美貌を傷つけてくれたな。お前は絶対に嫁にする……嫁にして、朽ち果てるその時までこの傷の償いをしてもらうからな……」

「オーク並み変態野郎なアンデッドの嫁なんて絶対にいやですよ。だいたい、そんなに嫁がほしいなら墓場から漁ってくればいいじゃないですか。より取りみどりですよ」

「お、おま、お前は何てことを言うんだ。オーク並み変態野郎というのも聞き捨てならんが……は、墓荒らしなど死者への冒涜も甚だしいぞ!」

「怒るところそこなんですね」

「当たり前だ! 私はアンデッドの王だぞ、墓については色々守らねばならん作法がある。……と、そんなことは今どうだっていいんだ。どうせお前は逃げれば人間の王に殺されるだけだろう? ならば私の嫁となり永遠の命を得る方が賢明ではないか!」

「永遠の命って、アンデッドの嫁なんてもう死んでるじゃないですか。ふざけてるんですか」

「ふざけておらぬわ、この大馬鹿者め! ええい……まったく話の分からぬ奴よ。生きていようが死んでいようが、こうして五体満足で動き喋っていれば同じこと。かくなる上はその身をもってアンデッド暮らしの良さを教えてやろうではないか……!」


 そう息巻くアンデッドの王の姿に、アリサは再び死んだ目でため息をつく。もうだめだ、こいつは話が通じる相手じゃない。どうにかこいつを倒してここから出ていこうと、燭台と聖水を武器に覚悟を決める。


 いよいよこうして、四十九代目勇者と地の魔王の本当の戦いがはじまった。結果は、今のところ誰にも分からない。


〈了〉


プロットがほぼほぼ粗筋だったせいか、なんだか爆速で書き上がりました。ディストピア的な書き出しから、無事(?)にラブコメとなりました。その温度差でグッピーが死にます。


──────────

以下、おまけ。登場人物紹介。


【アリサ】

・四十九代目の勇者。ただの町娘の身で四人の魔王討伐の旅という無理ゲーを押し付けられた。国に帰ると殺される。不遇の身の上のせいか、生まれつきか、何だか少しサイコパスちっく。


【クラード】

・地の魔王であり、アンデッドの王である。とても美しい容姿をしていて、それを自慢にしているナルシスト。何をどうトチ狂ったのか、四十九代目の勇者に一目惚れした。元々はどこかの古代王朝の王様だったもの。

・名前の由来はロシア語のКладбище(Kladbishche、クラードビシチェ。墓場の意)。


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