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ふたりは暗くなる前に町へ到着することができた。夕方の時間は市場が賑わっている。ジャニュリアと違ってここはそれなりに人の多い町だ。道の脇には屋台風の店が軒を連ねている。大通りを外れてもお店が多く、食事ができるような店も多い。どこの道を歩いても人がいる。
「先に泊まるところ、探そうか。そんなに高い所には泊まれないけど、普通っぽい所に・・・」
あまり返事をしてくれないセープライを窺いながら話かける。少し後ろを歩くから話がしにくい。反応はやっぱりなくて、仕方なく宿がいくつかあるエリアへと足を向ける。おつかいに来たときに通ったことのある道は、どこに何があるか知っていた。
フェルベリアは大通りから一本道を外れたところにある宿屋を見つけた。少し古いようにも見えるが、清潔感はあり良い雰囲気に思えた。
「こんにちはー・・・・」
この町で宿屋に泊まったことはない。おつかいに来るときはいつも日帰りだった。
他の町でも宿屋に泊まったことはない。どんな宿が良くて、どんな宿が悪いのか判断することが難しい。高級な雰囲気のあるところを避けるぐらいしか選択の目安がない。セープライに問いかけてもなんでもいいとしか言ってくれなかった。
恐る恐る扉を開けた先には、柔和な表情をした宿屋の主人らしき中年男性がいた。白いシャツに黒いエプロンをつけて、少し太った体と笑顔は安心感がある。
「いらっしゃい。2人かい?」
穏やかな様子に少し安心する。部屋は節約のため、同室にすると決めていた。手持ちのお金は多くない。セープライはお金を持っていないようだし、無駄遣いは出来ない。
常識では結婚前の男女がはしたないと怒られるかもしれないが、良いか悪いか怒るような大人は近くにいない。
「はい、2人です。部屋はひとつで大丈夫です。空いていますか?一泊いくらでしょうか?」
「一部屋一泊銅貨10枚だよ」
宿屋の相場はよく知らないがそれ程高い値段ではないと思う。何日かここに滞在してもお金は問題ない。
「分かりました。数日泊まる予定です。よろしくお願いします」
示された紙に名前を記入して、手続きを終えた。案内された2階の部屋へと向かう。階段を上って、一番奥の部屋だった。簡易な鍵を開けるとベッドが2台あり、古びた机と椅子がある普通の部屋だった。窓は大通り側ではなく、宿屋の入り口と反対の細い道に向いているようだ。
「この町で数日情報を集めて先のことを考えようと思うんだけど、いいかな・・・?」
「あぁ」
あまりの反応の薄さに困ってしまうが、セープライは全く気にした様子はない。せっかく行動を共にするなら仲良くなりたいと思うが、先は長そうだ。話しかける以外に何か方法はないかと思うが、人付き合いの経験が足りないため、よく分からない。
「うん。今日はもう休んで、情報は明日から集めに行こう。確か図書館と、商会、役場があるからそこに行って、何も分からなかったら町で人に聞いてみるのがいいのかな。他は・・・」
話しかけている途中だったのに、セープライはベッドに潜り込んでいた。目を閉じて眠ってしまったようだ。疲れていたのかと思うとそれ以上話しかけるのも悪い気がしてフェルベリアも黙る。
泊まれるところに辿り着けて良かった。ひとりじゃなくて良かった。まだ仲良くなれていないけれど、セープライがいてくれて良かった。不安は沢山あるけれど、眠れないほどではない。体を休めることも大切だとフェルベリアも今日は早々に眠ることにした。
カーテンのない窓から差し込む朝日で目が覚めた。随分と天気がいい。
セープライの様子を見るとまだ眠っているようだった。顔は見えないがシーツがこんもりと膨らんでいる。小さくなって眠っている姿が微笑ましい。それなりに身支度を整えて、起こさないように静かに部屋を出る。先に朝ごはんを買いに行こうと思ったのだ。
昨日と全く変わらない姿で受付に座っている主人に挨拶をして、大通りへと出た。ふと後ろから視線を感じた気がして振り返るが、人の姿はなかった。気のせいだと思い、歩き出す。幸いすぐ近くにパン屋があったので、二人分の朝食を買った。パンのいい香りに嬉しくなる。朝が早いからか周囲の人通りはまばらだった。
部屋に戻るとセープライが起きていた。
「おはよう、よく眠れた?」
「・・・おまえ、どこ行ってた」
ほんの少し昨日よりも、寝起きのせいか舌足らずな話し方が可愛らしい。眠たそうな雰囲気で棘が少なくてほっとする。
「朝ごはんを買いに行ってたの。食べるでしょ」
パンの入った紙袋を見せるとセープライがほんの少し嬉しそうに見えた。座ると軋む古びた椅子に座って二人で朝ごはんを食べる。何か話をしたいと思ったけれど、朝日を浴びてきらきらと光っている綺麗な髪の美しさに気後れしてしまい話題を見つけることができなかった。一緒に来てくれたということは嫌われているわけではないと思うけれど、セープライの態度から好かれているとも思えない。これからの関わり方に悩んでしまう。話かけて嫌な顔をされたら慣れていても落ち込む。
「どこから行く」
「え?」
唐突過ぎて聞き返すと、溜息を吐かれた。
「今日はどこから回るんだ」
「あ、えっと・・・。役場から行こうかな。他の町について情報もあると思う。どうかな?」
それでいいとだけ返事があった。フェルベリアが困ったように笑って分かったと言うと何故か不満そうな顔をされてしまう。
「どうかした?何かあるなら・・・」
「何でもない。情報集めるんだろ。早く行くぞ」
遮るように言われて怯む。何がセープライの気に入らないことなのだろうか。ふとした時になる不満気な様子が気になる。聞きたいけれど、聞けない。どこまで踏み込んでもいいのか分からない。また何も言えない。