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都会に行けば馬車の往来専用の道があるらしい。人が溢れるようにいるらしい。本でしか見たことのない世界だ。この田舎にそのような便利なものはない。

田舎では馬は貴重な生き物だ。畑仕事に商品の輸送などやることは多い。馬よりも人間の方が役に立っていないかもしれない。そんな人間が移動する方法の基本は歩くことだけ。地道に足を進めるしかない。

幸い歩くことは嫌いではない。隣町まではどんなに早く歩いても3時間は掛かってしまう。けれど、平坦な道が続くためそれ程辛くはない。時々休憩を取りながら、途切れることのない森の道を進んでいく。もう少し進めば、綺麗な花が沢山咲いているひらけた場所に出る。ジャニュリアの花はもう咲いていない場所ではあるが、その場所は気に入っていた。

森の出口が見え、直接当たる陽の光が見えてきた。


「誰かいる・・・?」


森の途切れる場所で、最後に生えている木の根元に人影が見える。町を出てはじめて見つけた人。近づいていいものかと不安に思ったが、相手が動く様子はない。恐る恐る更に近づいてみる。数メートルの距離まで近づいてもその人は動かなかった。

ここから見た限り、とても綺麗な男の子だった。ジャニュリアにいた子ではない。見かけたことがない。小さな町だったから、どんなに関わりがなくても顔見知りだった。

光を反射してきらきらしている髪の毛は青と灰色を混ぜたような不思議な色をしている。こんな色は初めて見た。座っていてよく分からないが、体格も年齢も近いような気がする。顔を見ると、酷く顔色が悪い。このまま彼を置いて通り過ぎることは出来なかった。


「あの、大丈夫ですか・・・?」


思ったよりも小さな声しか出せなかった。男の子はピクリとも動かなかった。声が聞こえなかったのだろう。深呼吸をしてもう一度、声を出す。人に話かけるのはいつだって勇気が必要だ。


「こんにちは。大丈夫ですか?こんなところで寝ないほうがいいですよ・・・?」


今度はちゃんと声が出た。ふるりと動いた目蓋がゆっくりと開かれる。こちらを見た濃い灰色の目は迷惑そうな、不機嫌そうな色をしていた。


「誰」


低い声で問いかけられて、咄嗟に理解できなかった。向けられた鋭い視線に怯んでしまう。驚いて固まったままでいると再度聞かれる。


「バカみたいな顔してないで答えろよ。お前、誰」


「あ、えっと、ジャニュリアから来たフェルベリアです・・・」


男の子は値踏みするように目を細めてじっくりとこちらを眺めていた。綺麗な顔に見られて緊張する。数秒経って、害はないと思われたのか視線を外される。


「それで、何の用」


発される短い言葉は棘が付いているみたいだ。不信感と嫌悪感を纏っている。男の子にとって誤算だったのは、それがフェルベリアにとって日常だったことだろう。町の人から受ける言葉となにひとつ変わらなかった。


「体調良くないのかなって気になって・・・。顔色悪いけど大丈夫ですか・・・?」


平然と返事を寄越したフェルベリアに変なものを見たような顔をした。


「・・・ふぅん。何、食べ物くれって言ったらくれるわけ」


その言葉で納得した。彼はお腹がすいて、ここで動けなくなっていたのだと。この場所は隣町寄りではあるが、まだ近いというほどではない。果実がなるような木も道なりには見つからないし、もちろん店もない。土地勘があったとしても食べ物の入手は町へ行かないと難しい。


「たくさんはないけど、パンとお水ならあるよ。どうぞ」


鞄から出した柔らかいパンと水筒を渡す。家から持ってきたものだ。フェルベリアの持つ食糧は微々たるものだが、隣町に行けば手に入らなくもない。今彼に渡したとしてもそれ程問題には感じなかった。


「ほっとけばいいのに」


「え?」


何か男の子が呟いたが、小さな声だったのでフェルは聞き取ることができなかった。彼は余程お腹が空いていたのかもの凄い速さでパンと水を完食した。


「そんなにお腹が空いてたんだね。まだ食べたりないなら、隣町へ行ったらいいと思う。お金なくても教会なら少しは食べ物分けてもらえるし」


「お前は」


口数が少なすぎて、聞きたいことを汲み取ることが難しい。


「私?」


呆れたように溜息を吐かれても困る。溜息よりも説明してほしい。なんて答えたらいいのか教えてほしい。


「お前は何をしに行く」


言い直してもらって意味を理解する。フェルベリアが歩いてきた方向と、指差した方向で行先は隣町だと思ったらしい。


「私は・・・隣町に行って、情報を集めたいです。ジャニュリアで火事があって、でも人もいなくて、何が起きたのか分からなくて、知っている人がいないかなと思って。これからどうしたらいいのか考えるのに何か分かるかと思って・・・」


纏まりのない説明だ。多くの人は不可解に思うだろう。けれど彼はそれ以上質問してこなかった。興味がないのかそうとだけ返事をした。


「一緒に行きますか・・・?あなたひとりで町に行くと目立つでしょう?」


「は?」


素早い反応だった。最初の時のような鋭い視線に少し怖くなる。それでもフェルベリアは言葉を続けた。一緒に行くなら知りたかった。


「珍しい外見をしているからとても目立つでしょう?それに・・・。それに、羽根はないけど、今は見えないけど、目に見えて示すものは何もないけど、貴方は妖精でしょう?」


この世界には人でもない、獣のような動物でもないものがいることは周知の事実である。それらの種族は、妖精、天使、魔物などが有名だ。その他にも人間の知らない種族はいると聞く。ジャニュリアにも少数ではあるが、住んでいたはずだ。

人間からしたら彼らは珍しい。詳しくは知らないが、彼らを売買する人間もいると聞く。その為、彼らは人間と共存しながらも警戒心を強く持ち、極力目立たないように暮らしている。より美しいものや強いものは悪い人間に狙われやすい。人間が無理やり使役している例も少なくない。フェルベリアは彼がとても綺麗だから悪い人達の格好の獲物になりかねないと思った。


「何故分かった」


妖精という種族には必ず羽根がある。色は様々であるが、共通しているのは透明であること。逆に言えば羽根が見えなければ、人間との違いは一見分からないはずだ。髪の色や目の色が珍しいものも多いが、人間だってみんな同じ色をしているわけではない。染めることもできる。

彼は今、羽根がない。正確に言えば透明度を高くすることによって、目視できなくなっている。恐らく彼の背中辺りに手を伸ばしてみれば羽根はあるはずだ。

フェルベリアは昔から人間と違うものが分かった。何度か見たことのある妖精と魔物は特徴を隠していても見分けることができてしまった。ジャニュリアでフェルベリアが好かれなかった一因である。本当に困難なのだ。彼らが隠そうとしている種族を見分けてしまうことはやろうと思ってできることではない。人間全員ができてしまえば、彼らは更に生きにくくなるだろう。

フェルベリア自身も自分で理由を説明は出来ない。ただ分かってしまうのだ。


「言葉でうまく説明できないけど、昔から分かってしまうんです。違うなっていうのが。見たことのない種族の方は違うことしか分からないけど、あなたみたいな妖精とか魔物とかは何度か見たことがあるからそうかなって感じで・・・」


「他にお前みたいなやつがいるのか」


「ううん、聞いたことないです。父も母もこんなんじゃなかった。他の場所はよく知らないけど、ジャニュリアでは私だけだった。今までこれが役に立ったことはないよ・・・?」


表情からは彼が何を考えているのか分からなかった。さっきみたいな怖い顔はしてない。困惑した顔もしていない。ただ、無表情に見える。


「お前、妖精とそうじゃない奴の違いわかるのか。妖精でも魔物でも、人間でもない奴だ」


今までそういう人を見たことがない。だから、正確なことは分からない。それでも感覚的には分かると確信していた。


「たぶん・・・」


「それなら一緒に行く。俺は人を探している。そいつは妖精に近いが、妖精ではない。恐らく外敵から身を守るために変装している。本来の姿じゃなかったら俺は見つけられない。お前、手伝えよ。俺は戦えるから手伝いの代わりに守ってやる。どんくさそうだからな、おまえ。それでいいだろ」


無表情のまま放たれた言葉は予想外だった。てっきりここで別れることになると思っていた。それに、道中ひとりはやっぱり不安だったから嬉しかった。盗賊や不審者が出たときに対処する術がないと困っていた。


「うん。それなら、お名前教えてほしいです」


「セープライ」


「これからよろしく、セプ」


愛称で呼んだら物凄く嫌そうな顔をされた。慣れていても少し寂しい。愛称で呼ぶのは止めておいた方がよかったらしい。こんな風だから友達ができないのだと分かっている。けれど、距離の詰め方を知らなかった。


「お前ばかだから必要以上に話しかけるな」


冷たく言われてどうしたらいいのか分からず曖昧に頷く。ごめんなさいと愛想笑いしたら余計に嫌そうにされてしまう。やっぱり自分は人と関わるのが下手なのだと思う。出会って早速嫌がられてしまった。嫌なことはしないようにしなくてはと反省しつつ、共に歩き出した。

セープライはこの辺りのことを知らないようだったので、時々説明をしながら先へと進む。返事はあまりくれなかったが、怒られることもなかった。


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