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頼る先はない。この町以外に知り合いはいない。でも、もうここには住めない。何故こうなってしまったのか。ただそれだけが知りたかった。
町で一番情報が集まる場所は図書館だ。町の中心地にある図書館は皆の憩いの場所であり、住んでいる人や商店についての記録がある。外からの情報が集まる場所だった。
何も分からないかもしれない。それでも足は町の中心地へと向かっていた。
図書館は奇跡的に炎から難を逃れたようだ。風で流された灰は被っていたものの、焼けている様子はない。家や商店に比べて頑丈な造りだから助かったのだろう。重厚な両開きの扉を押し開け、中に入る。
「ここは無事だったんだ・・・」
火事の起きた現実など無いもののように、図書館の中はいつものと変わらなかった。いつもと違うのは人がひとりもいないことだ。どこを見て、何を探せばいいのか分からないまま図書館のなかをふらふらと彷徨う。ふと足を止めたのはこの町の地図が掲示されている場所だった。恐らくこの町について一番正確に作られているものだ。勝手に持っていくことに少し罪悪感を持ちながらピンを外した。そして近くにあった歴史書と共に鞄へ入れた。
その後も暫く館内を彷徨っていたが役に立ちそうなものは見つけることができなかった。歩き疲れて読書スペースの椅子に座る。
どのくらい経ったのかは分からなかったが、ずっとここにいる訳にもいかない。深く息を着いて立ち上がる。
「あれは・・・」
目に入ったのはこの町で一番私が好きなものだった。春になると透明感のある綺麗な青い花を咲かせる植物。この辺りでしか花を咲かせないため、町の名前をとってジャニュリアの花と呼ばれている。その花を乾燥させた押し花を栞にしたものが数枚、机の上に残されていた。このような物を販売していると聞いたことはないので、誰かの忘れ物だろうか。ジャニュリアの花は繊細で萎れやすく扱いが難しい。製品へと加工するには不可能ではないが手間と時間が掛かりすぎる。その為、町の中でさえ生花でしか見かけたことはない。こんなにも綺麗な状態で乾燥させてあるものは初めて見た。あまりにも惹きつけられて元の場所に戻すことができなかった。
この町にもう人はいない。怒る人もいないだろう。
「勝手にごめんなさい・・・」
ぽつりと呟いて持っていくことにした。この町があったこと、自分がここにいたことの証が欲しかった。
もうこれ以上は図書館にはなにもないだろう。陽も随分高くなっている。暗くなる前にどこか泊まれるところを探さなければいけない。
図書館を出て広場へ抜けると、一瞬光が反射して目が眩む。
「なに・・・」
近づいてみると落ちていたのは、あまり綺麗とは言えない鈍く光る石だった。図書館に来る前も同じ道を通ったが、先ほどは気が付かなかった。拾ってみると、手の平に収まるくらいの小さな石だった。
「変わった色。何でできてるんだろう・・・」
そうして、地図と歴史書、ジャニュリアの栞、小さな石と最小限の荷物だけを持って、生まれ育った町を出た。
行先として唯一思いついたのは、月に数回おつかいに出かけていた隣町だけだった。顔見知り程度の知り合いしかいない。頼れる人はいない。途方もない話で現実味は未だにないが、これが現実だった。
森の間の多少整備された道を独り歩く。何度も何度も周りを見渡したところで人は誰もいなかった。