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【第4話】通学路は上り坂



 甲陽園駅は青い庇が目立つ、小さくない駅だった。老齢の男女がバス停のベンチに座って、バスを待っている。始めて訪れる町。それでも、目の前にはスーパーマーケットがあり、生活というものを佳織に感じさせる。

 ふと隣を見ると、梨絵は無事に到着したことに、安堵しているように見えた。


「で、これから舞台となった場所に行くんやろ。その涼なんとかいうアニメの」


「そうですね。主人公たちが通う高校がこの近くにあるので、行ってみようと思ってるんですけど、一緒に来てくれますか」


「それ、あたしが行ってなんかええことあるん?」


「高校は高台に建っているので、通学路から、西宮の街を一望できるんですけど、それじゃダメですか……?」


 梨絵は困ったように、上目遣いを見せる。佳織の答えはおのずと決まってしまう。

 

「冗談やって。ここにおってもすることないしな。一緒に行ったる。時間もまだまだあるし」


 梨絵は「ありがとうございます」と、二回頭を下げていた。自分にはこのあたりの土地勘はない。今度は梨絵の後についていく番だ。

 梨絵はスマートフォンで道順を調べ、「こっちです」と歩き始める。不満と期待が、佳織の中で天秤となって揺れていた。


 駅の側の階段を見つけ、梨絵は迷わずに進んでいく。カーブになっていて、先が見えないほど遠く、佳織には目眩がするように感じたが、「学校への近道なんです」と梨絵に言われれば、ついていくしかない。駅の階段を昇降するのは慣れていたが、これほど長い階段は、佳織といえどもやや辛い。

 途中、梨絵が足を止めた。ベンチを見て、「アニメとは違う」と残念がっていたが、佳織には何のことだかさっぱり分からなかった。


 梨絵は通学路を、スマートフォンを参考にしながら進んでいく。県道八二号という、比較的メジャーな道路に出たらしい。随所随所、それこそ何の変哲もない家々や、奥のマンションが目立つ橋、かつての面影もない跡地で、梨絵は写真を撮って「一話そのままだ!」とか、「ここはもうないんだ……」などと、佳織の鉄道話の一〇倍は大げさなリアクションを取って見せていた。


 脇の石垣には蔦がこれでもかというほど巻き付いていたし、坂道の傾斜もなかなかのものである。

 佳織はだんだん自分が何をしているか分からなくなり、少し倦んできていた。息も切れてきている。


「いつになったら、その学校へは辿り着くん?それに、ところどころ街を見下ろせるとこはあったけど、木々に遮られて、ほとんどなんも見えへんかったで。眺めのええスポットなんて、ほんまにあるん?」


 佳織の質問に、梨絵は振り向く。同じように切れがかった息で、


「門司さん、後ろを見てみてください」


 と告げた。

 佳織が振り向くと、西宮の街が遠くに、鮮明に見えた。夏の湿気に蜃気楼になってしまっている、なんてことはなく、マンションの窓まではっきりと見える。石鹸の泡のように細かく滑らかに密集した住宅地に、ぽつぽつと緑色が点在している。

 佳織はスマートフォンを構えた。風景写真は、車両ばかりのアルバムの中では浮いてしまっていた。


 梨絵が佳織の横まで歩いてくる。二人でしばらく景色を眺めていた。


「どうですか、門司さん。綺麗でしょう。アニメで見ても鮮やかでしたけど、実際に見てみると、より印象的に映りますよね」


「せやな、自分がここ来たい言うたのも分かる気するわ。想像以上やった」


「どれくらいの想像をしてたかは分かりませんけど、ありがとうございます。さあ高校まではもう少しですよ。頑張りましょう」


 梨絵は深く息を吸ってから、また歩き出した。佳織も後を追う。惜しみない日差しが、猛烈に二人を照らしている。

 佳織は袖で、汗を拭った。




 

「で、これからどないすんの」


 主に梨絵がたっぷり風景と写真を堪能した後、二人は甲陽園駅前まで戻ってきていた。

 正面のスーパーマーケットでアイスを買い、バス停前のベンチに座って食べる。佳織は、チョコレートのかかったアイスバー。梨絵はモンブラン味のカップアイス。

 案の定早く食べ終わってしまった佳織が、梨絵に尋ねる。バス停には屋根がついていて、日差しを遮ってくれるのでありがたい。


「電車、あと何分くらいで来ますかね?」


「五分くらいかな。遅延がなければの話やけど」


 佳織の言葉に、梨絵は肩をすぼめた。アイスを食べる手も止まる。


「もしよければ線路沿いにも『ハルヒ』の舞台があるので、一緒に歩いてくれたら嬉しいんですけど……」


「あんだけ坂道を上ったのに、まだ歩く気なん?列車の方が涼しゅうてええやろ。行きとはまた違うた景色が見れんで」

 

「でも、川沿いは木が並んでいて、目にも優しいですし、まだ二時じゃないですか。そんなに急ぐ用事でもあるんですか?」


「そないわけやないけど。ビジネスホテルには、チェックインは七時言うとるし」


「じゃあ、歩きましょうよ。車窓からとは、また違った景色が見えますよ」


 しおれた花に水をやったかのように、梨絵の口調には勢いが取り戻されている。

 いつの間にか、二人の立場は逆転していた。


「そない言うならなぁ。たったの二.五キロやし。三〇分もかからんやろ。せやけど、もう少し休まなね」


 佳織がそう言うと、梨絵はまた眩しい笑顔を見せた。休んでいる間、佳織は梨絵からアニメの概要を聞いた。普通の高校に宇宙人、未来人、超能力者なんかが集まって、部活動を結成する内容らしい。文化祭の回で、劇中で演奏されたという曲も聴かせてもらった。気分がにわかに盛り上がるように、佳織には感じられた。



(続く)

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