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【エピローグ】キーホルダー二つ



***



 人々が改札機を通過していく。雑踏はあまり高くない天井に跳ね返って、余計に騒々しい。足を止める者はほとんどおらず、皆それぞれの目的地へと歩みを進めていく。

 休まる暇のない改札口の前に、門司佳織は立っていた。

 スマートフォンを見るでもなく、ただ過ぎ去る人々を眺めていた。


 あの夏から、もう三ヵ月が経過していた。季節は瞬く間に入れ替わり、日中でも羽織るものが欠かせない陽気となっている。

 佳織は腕を組みながら、ブーツのつま先で、小刻みに時間を刻む。相手は確か、十時には到着すると言っていたはずだ。だが、十時一五分になっても現れる気配がない。新幹線の遅延は、今日は発生していないはずだ。


 密かに佳織が疑念を抱き始めたそのとき、改札内から声がした。その人物は、息を切らしながら佳織に近づいてくる。


「ごめんなさい。佳織さん。ちょっと寝坊しちゃって。新幹線一本乗り過ごしてしまいました」


 白山梨絵は、そう言って手を合わせた。ベージュのダッフルコートの裾がふわりと揺れる。


「新幹線は一本乗り過ごすだけでも大変やからなぁ。まあ無事つけたんならええよ。それより、梨絵。今日は現像した写真持ってきとる?」


「それは大丈夫です。ちゃんと持ってきました。それに……」


 紺色のハンドバッグから、梨絵が取り出したのは、列車型のパスケースだった。上下に走る黄緑色のラインは山手線だろう。

 そして、梨絵はパスケースから青春18きっぷを抜き取り、佳織に見せた。

 淡い水色の切符。右上に、五個目のスタンプが押されている。


「残り一回使うたんや。どこ行ったん?」


「ちょっと千葉の方に行って、いすみ鉄道に乗ってきました。青々とした風景が、気持ち良かったです」


「あのレストラン列車が有名なとこか。キハ52には乗った?あそこでしか走ってへんやってね」


「私が乗ったのは、黄色い列車でしたけど」


「なら、いすみ300型か、350型いうとこか。ほら、いすみ鉄道って菜の花が有名やから」


 佳織の解説にも、梨絵は呆気にとられることなく、頷いていた。拒否反応を示さないことが、佳織にはただただありがたい。


「ほな、そろそろ行こか。今日はまずは、大阪メトロを経由してから、阪堺電車に乗るわ。通天閣も近くにあるから、そこにも寄らな」


「佳織さんがいつも乗っている列車、どんなのか楽しみです」


「あんま期待されとっても困るけどなぁ」


 二人は笑い合う。三か月前と何も変わらないように。そして、駅の外の乗り換え口に向かって歩き出した。期待と、高揚と、ほんの少しの不安を抱えながら。

 二人の姿は改札口から遠ざかっていく。


「せや、この前教えてもろたアニメ見たんやけどね……」


 何でもないような会話をしながら、歩いていく二人。

 道行く人は二人を、友人とみなすだろうか。それとも、ありふれた光景だと気にも留めないのだろうか。

 ただ一つ言えることは、二人は他の誰でもなく、この二人でしかないことだ。

 この世界に生まれて、名前を与えられた、代わりのいない二人であることだ。


 列車に乗車し、膝の上にそれぞれハンドバッグを置く二人。佳織のバッグには丸まった桃色の猫の、梨絵のバッグには黄色い電車のキーホルダーが、それぞれ付いている。

 二つのキーホルダーが並んで、列車の振動に合わせて、決まりもなく揺れていた。



(完)

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