【エピローグ】キーホルダー二つ
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人々が改札機を通過していく。雑踏はあまり高くない天井に跳ね返って、余計に騒々しい。足を止める者はほとんどおらず、皆それぞれの目的地へと歩みを進めていく。
休まる暇のない改札口の前に、門司佳織は立っていた。
スマートフォンを見るでもなく、ただ過ぎ去る人々を眺めていた。
あの夏から、もう三ヵ月が経過していた。季節は瞬く間に入れ替わり、日中でも羽織るものが欠かせない陽気となっている。
佳織は腕を組みながら、ブーツのつま先で、小刻みに時間を刻む。相手は確か、十時には到着すると言っていたはずだ。だが、十時一五分になっても現れる気配がない。新幹線の遅延は、今日は発生していないはずだ。
密かに佳織が疑念を抱き始めたそのとき、改札内から声がした。その人物は、息を切らしながら佳織に近づいてくる。
「ごめんなさい。佳織さん。ちょっと寝坊しちゃって。新幹線一本乗り過ごしてしまいました」
白山梨絵は、そう言って手を合わせた。ベージュのダッフルコートの裾がふわりと揺れる。
「新幹線は一本乗り過ごすだけでも大変やからなぁ。まあ無事つけたんならええよ。それより、梨絵。今日は現像した写真持ってきとる?」
「それは大丈夫です。ちゃんと持ってきました。それに……」
紺色のハンドバッグから、梨絵が取り出したのは、列車型のパスケースだった。上下に走る黄緑色のラインは山手線だろう。
そして、梨絵はパスケースから青春18きっぷを抜き取り、佳織に見せた。
淡い水色の切符。右上に、五個目のスタンプが押されている。
「残り一回使うたんや。どこ行ったん?」
「ちょっと千葉の方に行って、いすみ鉄道に乗ってきました。青々とした風景が、気持ち良かったです」
「あのレストラン列車が有名なとこか。キハ52には乗った?あそこでしか走ってへんやってね」
「私が乗ったのは、黄色い列車でしたけど」
「なら、いすみ300型か、350型いうとこか。ほら、いすみ鉄道って菜の花が有名やから」
佳織の解説にも、梨絵は呆気にとられることなく、頷いていた。拒否反応を示さないことが、佳織にはただただありがたい。
「ほな、そろそろ行こか。今日はまずは、大阪メトロを経由してから、阪堺電車に乗るわ。通天閣も近くにあるから、そこにも寄らな」
「佳織さんがいつも乗っている列車、どんなのか楽しみです」
「あんま期待されとっても困るけどなぁ」
二人は笑い合う。三か月前と何も変わらないように。そして、駅の外の乗り換え口に向かって歩き出した。期待と、高揚と、ほんの少しの不安を抱えながら。
二人の姿は改札口から遠ざかっていく。
「せや、この前教えてもろたアニメ見たんやけどね……」
何でもないような会話をしながら、歩いていく二人。
道行く人は二人を、友人とみなすだろうか。それとも、ありふれた光景だと気にも留めないのだろうか。
ただ一つ言えることは、二人は他の誰でもなく、この二人でしかないことだ。
この世界に生まれて、名前を与えられた、代わりのいない二人であることだ。
列車に乗車し、膝の上にそれぞれハンドバッグを置く二人。佳織のバッグには丸まった桃色の猫の、梨絵のバッグには黄色い電車のキーホルダーが、それぞれ付いている。
二つのキーホルダーが並んで、列車の振動に合わせて、決まりもなく揺れていた。
(完)




