【第24話】今日が終わるpart.2
シャワーを浴び終わると、佳織は動きやすいTシャツに着替えた。冷房の風が、袖を小さく揺らしている。ベッドに座り込むと、昨日よりも柔らかな心地だった。
佳織は机に置かれている鏡台に目をやった。眉が下がっていて、疲れが顔に滲んでいる。しかし、悪くない疲れだ。
一つ欠伸をしてみる。空気清浄機を通した空気は、涼やかで胸がすく。
このまま寝ても問題はない。一二時集合だから、早く起きる必要もない。それでも佳織は、充電器に接続されたスマートフォンに手を伸ばした。充電はまだ四割ほどだろうか。ラインを開き、メッセージを書き込む。
〝起きとる?〟
日付はもう変わっていた。外も静まり返っている。佳織も眠気を我慢できず、精一杯サッカーの応援をしていたであろう伊藤は、疲れて寝ていてもおかしくない。まあいいか。もともと壁に呟くつもりで打ち込んだメッセージだ。どうせ明日会える。
佳織はスマートフォンを枕元に置き、布団を被った。眠ろうと目を閉じた瞬間、スマートフォンの振動が聞こえた。
〝うん、起きとんで。どうかしたん?〟
伊藤からラインが帰ってきた。佳織は飛び起き、すぐに返信する。
〝今日の試合どうやった?〟
〝結果は知っとるやろ〝
Jリーグの公式サイトで確認した結果は、2ー2の引き分けだった。ガンバ大阪が二点を先行していたけれど、終盤に追いつかれたらしい。
〝残念やったなぁ。連勝止まってもうて〟
〝アディショナルタイムまでは、逃げ切れると思ったんやけどな。ラストプレーで入れられてもうたわ。やっぱ2ー0は危険なスコアやな〟
〝でも、負けたわけちゃうやん〟
〝気持ち的には負けに等しいけどなぁ。上位陣も引き分けてくれたんが唯一の救いや〟
ため息をつく伊藤が、佳織には目に浮かぶようだった。今頃、家でやけ酒でもしているのだろうか。好物のチー鱈でもつまみながら。
佳織は少し笑みをこぼした。伊藤がつつがない日々を過ごしていることに、安心していた。
〝それで、今日どうやった?目当ての列車には乗れたか?〟
〝キハ37もキハ38も懐かしゅうて、ええ乗り心地やった。鉄道旅はこない出会いがあるから止められんな〟
〝そらええな〟
〝あとな、今日は鉄道以外にもいろんなとこに行ったんよ。例えばな、岡山の下津井いうとこ。瀬戸大橋が間近に見えんの。迫力あったなぁ〟
そこから佳織は今日の出来事について、伊藤にラインを送り続けた。その都度、伊藤は適度な相槌を返してくれる。書きたいことはいくらでもあり、時間を忘れてラインを送って、気が付けば午前二時を過ぎていた。うつらうつらする瞬間も増えてきた。
そろそろ寝ようと佳織は、伊藤にこう送信する。
〝明日は、一二時に広島駅の北口やんな?〟
〝すまん、それ、夕方四時に変えられへんかな〟
伊藤の突然の提案。佳織のもやがかかった頭は、余計なことは考えなかった。
〝うん、ええで〟
〝ありがとな。北口出たとこに「朝」いうタイトルの像があるはずやから、そこで待っとって。遅れんようにするから〟
〝了解!ほな、おやすみー〟
〝おやすみ、また明日な〟
「また明日」という言葉の感触を味わいながら、佳織は目を閉じた。四時間の空白ができたけれど、なんとかなるだろう。八ヶ月ぶりに会えることには変わりない。一緒にいることができればそれで十分だ。
そう夢みたいに考えているうちに、佳織は眠りについた。伊藤と広島の街を歩く夢を見た。見上げる伊藤はいつだって笑顔だ。佳織も自然と笑顔になる。
行き先も分からない散歩。持続的な二人の時間。
もしかしたら、それは佳織の願望が見せた、最後の幻だったのかもしれない。
(続く)




