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【第22話】薄緑色のチケット



「お客さん、関西の人じゃろ」


 いきなり店員が話しかけてきた。

 まだ営業中だというのに大丈夫なのかと振り返ると、いつの間にか佳織たちの他に、客はいなくなっていた。


「言葉で分かるわ。ここらじゃ聞かん言葉じゃけぇ。ここへは観光か?まぁおおかたの人がそう答えよるんやけど」


「まあそないとこですね。あたしたち二人でちょっとした旅行をしとって」


 佳織は、特に断る理由もなかったので、答えてみる。店員が笑って「ほな、二人ゃ友達か何かの」と聞いてきた。

 そういえば、私たちの関係性って何だろう。佳織は少し考えた。まず、友達ではない。昨日出会ったばかりだ。しかし、完全な赤の他人というわけでもないだろう。こうして一〇〇キロメートル以上を一緒に回ってきたのだから。

 佳織には当てはまる言葉がいまいち思いつかなくて、「そないな感じです」とだけ返した。横目で見た梨絵はヘラを持ったまま固まっていて、同じことを考えているのだろうと感じた。


「で、竹原にゃあなして来たん?来ぅてくれんだけでありがてぇんじゃけど、日が沈みよった後に来る人ぁ、ちいと珍しいけぇ」


「それは、彼女が来たいいうたんです」


 佳織は梨絵に話を振った。梨絵は当然、慌てる。


「私たち、鉄道に乗りながら、アニメの舞台になった場所を巡る旅をしていて、この竹原市って『たまゆら』の舞台になった街じゃないですか。だから行ってみようかな、と思ったんです」


「私たち」というところが少し引っかかったが、概ね間違いはないので佳織も頷く。店員は納得した様子で、うんうんと少し唸る。


「ほうか。じゃけぇほぼろ焼きゃ頼んだんか。嬉しなぁ。アニメが終わってしもうて、すっかり時間が経ってしもうたじゃろ。最近お客さん減ってきてしもうて。いたしゅうてなぁ。でも、まだ来てくれん人がおるんじゃの。えかったら他ん人にも紹介しての。ほら、今はSNS?いうのがあるんじゃろ」


「今は、ちょっと充電がなくてSNSはできないですけど、ホテルに着いたら投稿したいと思います」


 その後も二人は、少し店員と話した。広島のお好み焼きの良さや、誇りを持っていることを広島弁で力説されて、正直少し疲れたが、お好み焼きはどうあっても美味しかった。

 梨絵が最後の一口を口に運ぶ頃、佳織は二杯目のビールを飲み干していた。

 中ジョッキを二本開けても、佳織には崩れるというところが全くなく平然としていて、酒が苦手な梨絵は羨ましく感じた。自分もこれぐらいお酒が飲めていたら、会社の飲み会でも、上手く振る舞えていたのだろうか。

 梨絵はかぶりを振った。幸せな今の頭で考えることでは、多分なかった。





「さっき、ホテルに着いたらいうたよね。今日はどっか当てでもあるん?」


 ジョッキを下ろすと、佳織は尋ねた。鉄板の上には、もう何もない。


「大丈夫です。今日はちゃんとホテルを取ってますから。といってもビジネスホテルですけど」


 梨絵は紅色のソーダを飲んでから、答えた。ミックスベリーソーダである。ルビーのような色のソーダに、アイスクリームが乗せられている。氷を介して徐々に溶け出すアイスクリームは、バニラの香りがした。


「ならええわ。ネットカフェとかに泊まとったら明日がしんどいもんなぁ。まだ若うても、疲れは思うとる以上に取れへんから」


「その言い方、もしかして門司さん経験あるんですか?」


 佳織は空のジョッキを口に当てて、既ににないビールを飲むふりをした。置いた時の乾いた音が、やけに大きい。

 梨絵はアイスクリームを掬って一口食べた。佳織には梨絵の表情が、恍惚に近しいものに見える。


「自分、ニシキタの喫茶店で会うたときに、ちょい広島に用がある言うとったよな。その用っていったい何なん?一日中ボーっとしとるわけちゃうやろ?」


 店内が、ほんの一瞬だけれど静まり返った。しかし、しじまは梨絵のよどみない声に、剥ぎ取られる。


「実は、二年に一度、広島でアニメーションの映画祭があるんです。世界でも珍しい短編アニメーションの映画祭で。もう木曜から開催中なんですけど、明日はそこに行きたいと思います」


「今、広島でそないなのやっとんの?」


「世界的に見てもけっこう有名な映画祭なんですよ。あのアヌシーらと並ぶ世界四大アニメーション映画祭の一つで、世界中から人が訪れるんです。ホテルもなかなか空いてなかったんですから」


「ほな、もう一昨日から行ったらよかったやん」


「チケットを取ったときは、まだ会社にいたんですよね……。そのときは、明日しか空いてなかったんですよ……」


 梨絵は、目を伏せる。

 まずい。このままでは昼間の二の舞だ。佳織は、梨絵の肩を軽く叩いた。梨絵はフロートを一口運ぶ。


「大丈夫ですよ。もうこうなってしまった以上、仕方ないですから。とりあえず明日は気がかりなことはいったん忘れて、思いっきり楽しみたいと思います。映画祭は夜までやっているので、いられる限りはいるつもりです」


 そう言ってはにかむ梨絵の口元には、溶けたアイスが髭のようについていた。佳織は一瞬、梨絵から目を逸らせなかった。海底で人知れず輝く真珠みたいだと感じた。店員は奥で洗い物をしていて、話しかけてはこない。天井までの空白が、がらんとしていてどこか寂しい。

 二人で過ごす時間、その終わりは着実に近づいてきていた。



(続く)

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