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【第19話】赤い翼とおかえりなさい



 太陽はもうほとんど沈み、駅は薄明かりに包まれ始めていた。見えない奥の線路を、新幹線が通過していく。安穏とした空気が流れる三原駅の在来線ホームで、二人は呉線を待っていた。おなじみとなった駅名標との撮影を終え、点字ブロックの側で佇む。


 しばらくして、呉線が入線してくる。銀色の車体に赤い縦のラインが目立つ、都会的な列車だった。

 梨絵は首を傾げる。


「これが呉線ですか。なんか思ってたのと違いますね」


「どんなんを想像しとったん?」


「『たまゆら』では、青い線が引かれてる列車でした。だからてっきり現実もそうなのかと」


「それは国鉄の113系やね」


 佳織は目の前の列車を眺めながら言った。慈しむかのような視線をもって。


「この列車は国鉄の227系。通称『レッド・ウィング』。一番前に行ってみようや。英語で『Red Wing』って書かれとるで」


 列車の先頭真で二人が歩くと、確かに縦書きで「Red Wing」と書かれていた。

 メタリックの車体が、ホームの電灯を反射して眩い。


「昔は113系を始めとして、多くの列車が走っとったんやけど、去年、普通列車は227系に統一されてもうて。二〇一四年製造やから、まだまだ新しいんやけど、その代わり地域色みたいなもんはなくなってもうた。まあこの先二〇年三〇年したら、また変わってくるんやろうけど、やっぱちょい寂しなぁ」


 佳織の瞳は目の前の列車ではない、どこか遠くを見つめているように梨絵には思えた。自分が以前の列車に乗っているところを、想像しているのかもしれない。

 梨絵も想像しようとしたけれど、上手くイメージできなかった。自分に貯金がないことに気づいて、少し落ち込んだが、佳織と列車の写真を撮ることでごまかした。

 佳織は笑っているのか笑っていないのか分からない、微妙な表情をしていた。


 呉線の車内は、赤いクロスシートに白いカバーがかかっていた。新幹線のようだと梨絵は感じたが、オレンジ色に塗られた手すりやつり革が、この列車が在来線であることを印象付ける。

 呉線は高架や高台を通るので、町々や海を遠くまで見渡すことができた。夜に近づいていく海は静かに凪いでいて、神秘的な雰囲気を漂わせている。波のさざめきが列車の走行音に消されてしまうのが、佳織には少し悲しい。

 それでも、潮の気配は窓をすり抜けて佳織と、スマートフォンを見ている梨絵の元に届いていた。


 三〇分ほど列車に揺られただろうか。列車は海を離れて、町の中に入っていく。体育館や広いグラウンドを視界に収めたかと思うと、列車は竹原駅に到着した。

 ホームに降りる頃には、もうすっかり日が暮れていた。電灯がアスファルトを照らしている。


「凄いなぁ。本当にそのまんまだ」


 梨絵がホームに降りて、最初に発した言葉である。何気ないその言葉は、梨絵が受けた感銘を柔らかく表現している。そう佳織には思えた。同世代のはずなのに、少し若く見えた。


「この屋根も、あのベンチも、自動販売機も一緒だ。かぐや姫が描かれた駅名標や、観光マップまである。忠実に描かれてたんだなぁ」


 そう言って梨絵は、駅舎の写真を何枚も撮っていた。いつもだったら反応を示さない駅名標とも、一緒に写真に収まりたがった。確かに、このような地域色豊かな駅名標は、なかなかお目にかかれるものではない。

 二人はスマートフォンを交換して、写真を撮りあった。


「竹原ってかぐや姫になんか関連があるんやったっけ」


「いや、別にないみたいですけど、竹ってついてるじゃないですか。春には竹まつりっていうお祭りがあるみたいですし。これも『たまゆら』に出てきたんですけどね……」


「分かったから。写真も撮ったし、外に出ようや」


 二人は改札をくぐる。梨絵は見るもの全てに感動しているようで、スマートフォンを放さなかった。佳織は梨絵の気が済むまで、写真を撮らせた。駅の外に目を向ける。暗がりの町。その手前、地面に何か文字がある。

 近寄ってみると、なだらかな文字で「おかえりなさい」と書かれていた。


「本当にあるんですね。地面に書かれた『おかえりなさい』。アニメでもぽってを温かく迎えてた」


 いつの間にか隣に立っていた梨絵が言った。「ぽって」が何なのか佳織には分からなかったが、目の前の文字は、言われてみれば、どこか安心する。

 「ようこそ」ではなく、「おかえりなさい」。この町を自分はどこかで知っていた気がする。いや、来たことはないのだけれど。佳織の口元は自然と緩んだ。

 こんな町なら少し歩いてみるのも、いいかもしれない。


「そうだ、門司さん。ちょっと待っててもらえますか。必要なものがあるので」


 そう言うと梨絵は踵を返して、また駅の構内に戻っていった。三分ほど待っていると、梨絵が帰ってくる。右手には細長い冊子が、観光地でよく目にする観光マップだろうか、握られており、左手にはコンビニエンスストアのレジ袋をぶら下げていた。角ばったシルエットからパンや、おにぎりではないらしいことが分かる。


「なぁ、それ……」


「ああ、これですか。『たまゆら』の聖地巡礼マップです。『たまゆら』はOVA、一期、二期、それと『卒業写真』の四つがあるんですけど、これはそのなかでもアニメ一期、『hitotose』の舞台を紹介したものですね」


「そりゃ見れば分かるわ。あたしが言うとるのは左手の方やって。何買ったん?」


「見て驚かないでくださいよ」


 梨絵が取り出したのは、インスタントカメラだった。緑と黄土色のパッケージは、おそらく一番有名な機種のものだろう。令和にインスタントカメラとは。佳織は、梨絵の予測しえなかった行動に少し驚いて、身を乗り出した。反応が返ってきたことで、梨絵は気を良くしたようだ。


「ここに来る途中に思ったんです。スマートフォンのカメラじゃ、なんか味気ないなって。そのとき、ぽってがフィルムのカメラを使っていたことを思い出して、つい買っちゃいました。最近じゃコンビニでも見ないですけど、あるところにはあるもんですね。やっぱりここが観光地だからですかね。もちろん私の分だけじゃなくて、門司さんの分もありますよ」


 笑顔でインスタントカメラを差し出す梨絵。四時間前のことは、もう忘れたようだ。それとも顧みないようにしているのか。佳織は受け取ろうとしたが、手よりも先に質問が口を出る。


「なぁ、さっきからぽってぽって言うとるけど、ぽってって何なん?」


「ぽっては『たまゆら』の主人公です。もちろんちゃんとした名前はあるんですけど、友達からはそう呼ばれてますね」


「ああ、そうなんか」と佳織はインスタントカメラを受け取った。手に取ると想像以上に軽い。上部のカウンターは「27」を示している。


 インスタントカメラをいじくり、使い方を知ろうとする梨絵を傍目に、佳織は、駅から見える町並みを眺めた。

 「よう来て つかァさったのゥ」と書かれた看板が、足元から照らされていた。



(続く)

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