表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/35

【第12話】軽食喫茶



 水島朝市を後にした二人は、再び水島臨海鉄道に乗車し、二つ隣の栄駅で下車していた。駅前には白いオブジェ。七つの帆が空に向かって伸び、風に吹かれて緩やかに回っている。


 高架沿いに沿って北に進む。道は案外広く、歩道もタイル張りと整備されていて、チェックポイントのように常緑樹が一定の間隔で植えられていた。


 歩いていると、やがて幹線道路にぶつかる広々とした交差点に出た。横断歩道を渡り左折する二人。視線の先にある電話ボックスは、都会では見なくなって久しい。行き交う車の走行音に紛れて、室外機の音が徐々に大きくなっていく。


 近づくに連れてだんだんと立体感を増していく赤い屋根。中央に飾られたピンクのバラ。店内のかすかなざわめき。二人が水島の朝市で、偶然出会った女性に教えてもらった飲食店である。『昔懐かしの雰囲気が味わえる』と女性は言っていたが、まさにその通りだと佳織は察した。ここだけ時間の流れが違うような。八ミリ映画にでも出てきそうな、そんな出で立ちだ。色の褪せた外壁が、なおさらそう思わせる。


 入店する二人。大窓から日光が差す。赤いマットが迎える先には、淡い緑の絨毯が敷かれている。椅子は左側は薄橙のありふれた椅子だが、右側はシックな茶色に、これまた赤い布地が目立つ。玉座のように、梨絵には思えた。


 食材が入った冷蔵庫の奥に、厨房が見てとれる。

 髪を束ねた女性の明瞭な「いらっしゃいませ」が、高くはない天井に響く。


 店内には、不揃いだけれど不思議な統一感があった。なるほど、確かに「昔懐かし」だ。駅前のオブジェもそうだったけれど、いつか来た記憶がある。そう思える場所があるのは、些細なようでとても幸せなことかもしれない。

 佳織は、薄橙の椅子に腰掛けた。梨絵も正面に座る。玉座に座るような大それた勇気は、二人とも持ち合わせていなかった。


「確かにレトロな雰囲気が漂っとんなぁ。メロドラマにでも出てきそう」


「地元の人行きつけって感じですよね。私たちが入って良かったんでしょうか」


 店内では初老の男性三人が、野放図に話していた。なかなか強烈な岡山弁である。


「ええんちゃうの。別に一見さんお断りいうわけでもなさそうやし」


「そうですね。でも、この机、メニューないですよね。どうやって注文すればいいんでしょうか……」


 梨絵はバツが悪そうに、縮こまっている。佳織は厨房に向けて、「メニューください」と声を上げた。


 髪を束ねた女性がゆっくりと二人のテーブルにやってくる。渡されたメニューは一枚の長方形で、写真はなく文字ばかり。ラミネートされた表面が、天井照明を跳ね返している。


「注文が決まったらまた呼びんせぇ」


 女性は営業では作ることのできない笑顔で、厨房に戻っていった。メニューにはドリンクや軽食の名が、きちんと整列されていた。


「どうします?この『オリジナル』って書いてある中から選びます?」


「自分は何が食べたいん?」


「私はイタリアンスパゲティですかね。こういう喫茶店のイタリアンって、風情があっていいじゃないですか」


「自分、イタリアンいうんか?これ、ナポリタンちゃうの?」


「でも、私の家ではイタリアンって言ってたんですけど」


「そか。あたしは日替わり定食にしよかな」


「そんなものありました?」


「あるやろ、メニューの一番上に」


 言われるがままに梨絵は、メニューの上に目をやった。十一時三〇分からのランチサービス六〇〇円。しっかりとそう書いてあった。目立つのに、案外見落としているものだ。


「門司さんって、結構ベタなところいきますよね。日替わり定食って。もしかして美容室でも『おまかせで』とか、美容師さんに委ねてしまうタイプですか」


「やかましくて嫌やなと、思われん程度には言うなぁ。だいぶ手加減はしとるけど」


「門司さんの手加減って、手加減になってなさそうですよね。美容師さん、戦々恐々としてそう」


「自分、けっこう言うようになったなぁ。まぁ、そらそれとして、ナポリタンと日替わり定食でええな?頼むで」


 梨絵に「イタリアンですけどね」とささやかれてから、佳織は手を上げた。

 「すいません」と言うや否や、女性があけすけな返事をして、注文を取りに来る。「ナポリタン」と言いそうになるところを、梨絵の視線を感じ「イタリアン」と佳織は言い直す。

 今日の日替わり定食が、何かは聞かなかった。対面した時の驚きが、なくなってしまう。


 伝票を置いて女性は厨房に戻っていく。サッと書いて読みづらい伝票も数多くある中、その女性の文字は実に読みやすかった。丸みを帯びていて、温厚な人柄を感じさせる。

 この飲食店は安心して身を預けられると、梨絵は感じていた。


「あんたら、この辺の人じゃねぇじゃろ。雰囲気がサッパリしとるが」


 女性に話しかけられたのは、二人がスマートフォンを取り出して、時間を潰そうとしたそのときだった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ