第一話
前世の記憶がよみがえり一ヶ月がすぎた。 今世の記憶も上手く統合してくれたお陰か自分の名前や家族の名前などもある程度は理解した。 しかし所詮三歳児の記憶である。 ほとんど情報がなくこの一ヶ月は少しでも知識を得られるよう情報収集に努めた。 もちろん三歳児らしく演技をしつつである。 さすがに前世の記憶があるなどと、どう判断されるかわからない世界で迂闊にバレるのは危険であろう。 何をするにも情報収集を行うことが大事であると前世の上司が口癖のように言っていたような気がしないでもない。
この一ヶ月で得た知識としては、どうやら自分はシーヴァス侯爵家の三男であるらしい。いわゆる貴族である。 住んでいる国の名前はアルカディア王国。 その名前が示すように王政の君主制である。 文化的には中世ヨーロッパに近くまるで異世界ファンタジーの王道である。
ちなみに転生したのは異世界で間違いないようだ。 なぜなら魔法があるからである。
この世界では守護精霊という者がいて、七歳になると精霊教会にて守護精霊契約を行うのが一般的であり、契約の証として精霊石を常に身に付け生活をする。 基本的には腕輪に取り付けるのが主流らしい。 精霊石を身に付けている状態で体内にある魔力を流すと精霊に魔力が渡り魔法が使えるようになる。
つまり三歳の自分では残念ながらまだ魔法が使う事はできないようだ。
守護精霊は見ることも話すこともさわることもできないが常にそばにいて魔法の行使をしてくれる存在である。 まるで前世の守護霊のようではあるが、魔力を渡す事で何となく感じる事ができるようだ。
これらの情報は御側付きのメイドのミアから色々と教えてもらった。 最初に目覚めたときの女性である。 また、さすが貴族というべきか屋敷には書庫があり沢山の書籍があった。 それをこっそりと読みつつ蓄えた知識である。
「それにしても...中世ヨーロッパみたいな文化ではあるが何故、言葉も文字も日本語なんだ?」
そう、実に不思議な事に会話も文字も日本語なのである。 確かに本も漢字やひらがなで記載されているお陰で言語を覚える必要がないのはありがたい事ではあるのだが...。
まぁ細かい事は考えるだけ無駄であろう、ラッキーだったと思うことにする。
今生活している屋敷はシーヴァス家の領地にある屋敷のようで、家族は母〈シルビア〉と三歳年上の次男〈カイル〉がおり、当主である父〈ケビン〉や十二歳年上の長男〈レイン〉は王都の屋敷で暮らしている。 長男と年が離れているのは長男は第一夫人の子であり、次男と自分の母は第二夫人のようだ。 父は王都で仕事があり、長男は王都にある王立の学園に今年から入学したため第一婦人と共に王都で暮らしはじめた。 去年までは義母も長男も領地の屋敷におり、年が離れているせいか会話をする事は少なかったが義母も兄も優しく接してくれていて特に疎まれたりはしていなかった。
シーヴァス家は代々軍務卿の役職を世襲している。 軍務卿とは王都の治安維持や他国との戦争時に率いる王国軍と、貴族は各領地にて治安維持や戦争の時の為の戦力になる諸侯軍を率いており、その諸侯軍を率いる貴族への指揮を行う。 また王族を守るため王宮を警護する近衛騎士団も統括している家系のようだ。
どおりで三歳児に木剣で模擬戦を試させるスパルタも納得できる。 それでもまだ早いような気もしないでもないが...。一ヶ月前の模擬戦で怪我をしたこともあり今は毎日素振りの稽古である。
とはいえ自分は三男である。 家を継ぐ長男でなく長男の予備である次男でもない予備の予備の気楽な立場であり非常にありがたい。 順調にいけば長男は家を継ぎ、次男は別の貴族に婿入りし、三男の自分は運良く他の貴族家に婿入りするか、家を出て準貴族扱いで生きていく事になるだろう。
準貴族とは家を継がない貴族の子息や貴族家に嫁がない令嬢であり、配偶者や子供などは貴族としては扱われない。 ほぼ平民ではあるが前世の記憶もある。 残念ながら前世で読んだ小説の異世界転生物のように転生の際、神に会ってチートをもらったりはできなかったが、まだ三歳である。 今から色々と努力していけばよいのだ。
そうまずは異世界転生物の定番である、幼少期からの魔力増大作戦だ。 魔法の存在を知ってすぐに思い付いたことだ。 ちなみに参考になりそうな本を書庫にて探してみたが魔法に関する本は一冊もなく、メイドのミアに聞いてみた所、体内の魔力をイメージしながら精霊に渡す事で火や水が出たりするようである。 簡単な魔法を見せてもらったが特に詠唱みたいなものは唱えておらず、あくまでしっかりとイメージする事が大切らしい。 長々と恥ずかしい詠唱をしなくていい事は朗報である。 まるで厨二病のようで笑ってしまい魔法を失敗してしまう未来が見える。
「ミア、魔力を流すってどんな感じなの?」
「アレン様、魔力を流す感覚は言葉にするのは難しいのですが、お腹のへその下あたりから温かいような感じが腕輪についている精霊石の方へと流れていくような感じです。」
「魔力って量が決まっている物なんだよね?」
「そうですね、人によって魔力量の違いはあるようです。 魔力が多いほうが規模の大きい魔法を使ったりできるようですが、魔法や魔力について研究している者はおりますが詳しくはわかっておりません。 基本的に生まれた時から魔力量は決まっており、貴族の方は生まれながらに持っている魔力が多い傾向にありますね。」
ふむふむ、つまり魔力を増やす方法は特に確立されていないという事か。 しかし諦めるのは早い、とりあえず色々試してみる事にしよう。 七歳で精霊契約を行い魔法が使えるようになるまで、まだまだ時間はたっぷりとあるのだから。