9 嘆かわしい
魔族は長い年月を生きる。強大な力をうちに秘めた者ほど、気が遠くなるような時を生きるそうだ。
魔族の成長度合いは、その者の魔力の質で変わってくる。現在、200年ほど生きているアルベルトの見た目は、十代後半の見た目とさほど変わりなかった。
『人間の女を花嫁に欲したのは、この俺だ。どう選ぶかは俺の気分。楽しませてもらうぞ』
完全に余興感覚のアルベルトの発言に、セルイラは頭を抱え込みたくなった。
まさか……自分の息子が、あのように育っていただなんて。女性を軽視した発言の数々に、耳を引っ張ってやりたかった。
無論、そんなことできはしない。
大広間に召喚された令嬢たちは、ほかの魔族の誘導によってそれぞれ部屋に押し込められてしまったから。
(はあ、書簡の解読に誤りがあったなんて)
魔界語が理解できるようになったセルイラが、模写ではなく本物の書簡に目を通していたなら、間違いに気づいていただろう。
けれど、実際に解読をしたのは、城の解読班。魔界言葉は難しいうえに、この200年は魔族との関係も絶たれ使う場面などなかった。
必死に訳した魔界語に誤りがあっても不思議ではない。
しかし、これはセルイラにとって大問題であった。
花嫁候補として魔界へ行くことを望んだセルイラだが、本当に花嫁になりに来たわけではもちろんない。
前世のセラを自分勝手に切り捨て、子まで奪った挙句、200年経って「器量の良い娘をよこせ」なんてクズなことを言っているものだから、ぶん殴りたくなったのだ。
本当にセルイラは、それを実行しようとしていた。今だって考えている。
それなのに、なぜ、なぜ。
(どうして、アルベルトの花嫁候補にならないといけないのっ!)
冗談ではない。洒落にもなっていない。
花嫁になる気がなくても、花嫁候補としてアルベルトに会わなければいけないなんて、苦行だ。
このような現実をいきなり突きつけられては、感傷深く大きくなった息子の成長に感極まる暇などなかった。
(でも、そうよ。まだ大丈夫だわ)
セルイラは、部屋に連れられる際、見物していたほかの魔族の会話を耳にしていた。
これはアルベルト殿下のいつものお遊び。
気に入った人間以外は、邪魔になるので国に送り返すそうだ。
そもそも、人間を花嫁にするかどうかも怪しい。
すぐに飽きる、そう長くは続かない。
セルイラが盗み聞きした内容が事実なら、オーパルディア国に帰れるかもしれない。
アルベルトの目に止まった令嬢は残ることを余儀なくされるかもしれないが、飽きたら全員国へ帰す可能性も……無きにしも非ず。
(って、そう都合よくいくかはわからないか……)
だが、この話を知っているのといないのとでは、気持ちの持ちようが変わってくる。
ほかの候補の令嬢に教えてあげたいと思うセルイラだが、本当にそうなるという確証はない。
話すならば、もう少し様子を見てからのほうがいいだろう。
……それにしても。
「どんな育て方をしたの……」
自分の記憶にあるアルベルトは、ようやく走り回れるようになり始めたばかりだった。
手を叩くと嬉しそうに抱きついてきたあの小さなアルベルトが、ああなってしまうなんて。
セルイラはまた深い溜め息を吐く。
「わたしがいなくなって、寂しい思いは、していなかったかしら」
自分がこれからどうなるのかはっきりわからないというのに、息子の変わりようがそれほどショックだったのか。
父親に全部、問いただしたくなった。
「──あの子は、元気にしているの?」
もう一人の子を思い出しながら、セルイラは独り言ちる。
「……」
この200年の空白が、今更ながらセルイラは恐ろしくて堪らなかった。