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7 魔界



 七日後。

 セルイラは、神殿に訪れた。


 最後まで泣き止んでくれなかったチェルシーや、両親と抱擁を交わし、神官の一人に神殿の奥へと案内される。

 何が起こるか分からないため、花嫁候補の令嬢以外は、例外はなく入り口で通行を止められていた。


 薄暗い回廊を進み、見えてきた大きな扉の先には、多くの花嫁候補の令嬢がいた。皆、絶望したように暗い顔をしている。

 こんな状況で笑っていられるほどの図太い神経を持ち合わせた者などいるわけがない。


「どうして、わたくしが……うう、」

「帰りたい、帰りたい」


 どこを見ても見目麗しい容貌の女性ばかり。

その中でも一番に目立っていたのは、ディテール公爵家のご息女アメリアである。

 アメリアは悲壮感ただようこの場で、ただ一人表情を崩さなかった。じっと前だけを見据え、その時が来るのを静かに待っている。


「アメリア様、ごきげんよう……という、状況でもありませんね」


 ちょうど、アメリアの隣が空いていたため、セルイラは彼女に歩み寄った。

 声をかけられたアメリアは、少し戸惑っているようにも見える。それでも、話しかけてくれたセルイラに応じた。


「セルイラ様。陛下の生誕祭以来ですね。こんな場所では、楽しく話に花を咲かせることも難しいですけど」


 パーティーで面識がある程度の仲ではあったが、公爵令嬢であるアメリアは、淑やかで誰にでも分け隔てなく接する少女である。

 花嫁候補として魔界行きが決定し、公爵邸でどのような話し合いが行われたのか定かではないが、すでにアメリアは今回のことを受け入れているようだった。

 

「それにしても、神殿に集めてどうするつもりなのでしょうか……魔界への行き方なんて、誰も知らないというのに」


 素朴な疑問をアメリアは口にする。

 それもそうだ。神殿に集めろとは書簡に書かれていたが、その先どうしろとは示されていない。


「おそらく……転移の魔法を使用するのかと。魔族は場所と場所を繋げ、遠くにいる者を瞬時に移動させる力があるので」

「そう、なのですか?」

「はい。ここまで大人数だと、魔法陣というものを……アメリア様?」


 ふと強い視線に横を見ると、アメリアは瞠目していた。


「セルイラ様、お詳しいのですね」

「え! あ、その……魔族に関する文献を見たことがあったので……」


 セルイラは当たり前のように話してしまったが、人間の世界での魔法の概念は乏しいもの。

転移やら魔法陣と言われても、アメリアのような反応をするのが一般的である。


(わたしのときもそうだったから……つい言ってしまった)


 前世の自分のときを思い出してため息がでる。だが、こんな神殿で待たされるのではなく、セルイラの前世……セラの時は、泉に投げ込まれた。


「魔族の文献を……それは頼もしいです。こんなことを言っては失礼かも知れませんが、セルイラ様がいてくれて良かった」


 気丈に振舞っていただけで、本当はアメリアも不安で仕方がなかった。自分を保とうと唇をきつく結び背を正していたが、セルイラに話しかけられたことによって気持ちが和らぎ始める。


「頼もしいなんて……すべて本で得た知識です」

「それでも、話しかけてくださってありがとう」


 アメリアは笑った。まるで自分を奮い立たせるように作られた笑顔に、セルイラはぎこちなく頷く。


 ──そうしている間に、その時はきた。


「きゃああ!」

「なに、なんなの!?」

「床が光ってっ……」


 悲鳴をあげるほかの令嬢同様に視線を下降させると、青い輝きを放った床に目がくらんだ。

 複雑な紋様とともに光り続け、光が増していくのと比例して混乱が大きくなっていった。


(ああ、転移魔法の陣が発動したのだわ)


 セルイラがひとり納得していると、左の手に温度を感じた。


「アメリア様?」

「ごめんなさい、セルイラ様。少しの間でいいので、手を握っていてもよろしいでしょうか……」


 床が光って恐ろしく思わないわけがない。前世の記憶がなければセルイラもみっともなく取り乱していたことだろう。


「アメリア様、しっかりわたしに掴まっていてください」


 心細そうな手を、セルイラはキュッと握る。

 光の強さが最高潮に達し、誰もが目を開けていられなくなったとき。


「き、消えた……」


 セルイラを含めた花嫁候補の令嬢たちは、その場から忽然と姿を消していた。


 恐る恐る口を開いた神官の声が部屋全体にこだまする。

 目の前で起きた信じがたい光景に恐慌をきたす中、一人の神官は神殿の外へ急いだ。

 花嫁候補のご令嬢、三十人が、魔界へ召喚された事実を、外で待つ人々に伝えに。



 ◆



『起きろ』


 ぼんやりとする意識の中、投げかけられた声によってセルイラは目覚めた。

 気怠い体に鞭を打ち、乱れた髪の隙間から、辺りの様子を窺う。


『ようやく一人目覚めたか。人間ってのは鈍臭いなぁ』


(頭が痛い……この声は、魔族?)


 どこまでも下に見た発言にセルイラは耳を傾ける。


『おい、そこの人間の女。俺の声は聞こえているか』

「……」


 聞こえてはいるが、セルイラは素直に応答しなかった。

 ここは大広間のようだ。薄暗く、壁に取り付けられた青い蝋燭の炎がゆらゆらと部屋を照らしている。鬱蒼とした空気に、セルイラは身を震わせた。


 見覚えのある場所。

 そう、セルイラには見覚えのある場所だった。


(魔王城だわ……)


 あの頃とは少しだけ雰囲気が変わっただろうか。

薄暗い広間の端々から多くの視線を感じる。おそらく他にも魔族がたくさん居て、様子を伺っているのだ。


『ちっ……本当に鈍い。これで少しは目が覚めるか!』


 パチンッ、と軽い音が響くと、視界が一気に明るくなった。


「なっ……」


 室内全体が照らされたことにより、多くの情報がセルイラに入ってくる。

 床に倒れた多くの女性たち。広間の二階からこちらを窺う大勢の魔族。

 そして、偉そうに高い段差の上からセルイラたちを見下ろす、ひとりの歳若い青年の姿。


 例外を除いて漆黒、または白銀の髪が魔族の特徴であるが、青年の髪は黒髪であるものの、かなり赤みが強い色合いである。

 だが、それ以外を除けば青年はまさしく魔族そのものだった。

 黄金の鋭い眼と、柔らかくとんがりのある耳、そして背後にある黒い翼。


『もう一度問おうか、女。俺様の声は聞こえているか』

「……魔王、なの?」


 かたかたと震えた唇から、やっとの思いでセルイラは声を出す。


『……なに、人の言葉だと? こちらの言葉は話せないのか?』

『アルベルト様』


 面倒臭そうに鼻を鳴らす青年に、白銀の髪の魔族の男が近寄った。


(……っ)


 ──息が、止まりそうになった。


 白銀の髪の魔族は、確かにそう呼んだ。

 今も偉そうにこちらを見下ろす赤みがかった髪の青年を、アルベルトと。


『女は、人の言葉で魔王と尋ねられております』

『なに、魔王? 俺が? どういうことだメルウ』

『……なにか、間違った情報が人間側に伝わったのかと』

『はー、なるほどな』

 

 納得がいった様子のアルベルトは、未だに硬直したセルイラをじろりと眺める。


「ここ、どこ?」

「いやああ! 魔族よ! 魔族がいるわっ」

「きゃああ!」


 他の令嬢たちも意識を取り戻し始めたようで、ところどころで高い悲鳴があがり始める。


『あーあー、うるせえ。耳が痛くなる』


 令嬢たちの声に煩わしそうに顔を歪めるものの、まるで獲物を前にした動物のように、ニヒルな笑みを浮かべた青年は言った。


『聞け、人間の女! 俺の名はアルベルト。第七代魔王 ノアール・クロシルフルが嫡男、アルベルト・クロシルフル。人間の女を花嫁に迎え入れるのは、このアルベルトである!』

『アルベルト様、その言葉では人間に伝わっていませんよ』


 魔王の副官メルウがアルベルトに指摘するものの、彼は言えたことに満足しているのか高笑いをする。


(うそ、なんで? 魔王じゃなくて……アルベルトの花嫁候補?)


 セルイラは混乱の中、アルベルトを強く見つめる。魔王ノアールと似た風貌の彼だが、母から譲り受けた赤みがかる髪に、セルイラの動揺は大きくなるばかり。


(──アルベルト)


 アルベルト・クロシルフル。

 魔王の息子として産まれた彼の母親は、人間の女であった。


 セルイラの前世、セラ。

 セラが産んだ二人の赤子のうちのひとりが、アルベルトだった。

 すなわちアルベルトとは、前世のセルイラ(セラ)の息子である。



 

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