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68 魔神




 びくともしないユダの背中を、ユージーンはただぼうっと見つめていた。

 どれほど経過しただろう。体感ではとてつもなく長い時間のような気がした。


『ユ、ユージーン様』

『……』


 セルイラの呼びかけに、ユージーンは虚しい笑みを浮かべた。

 柄から手を離し、呼吸が途絶え気味となっているユダを静かに見下ろす。

 言葉こそ発さないユージーンだが、ユダを見つめるその顔は、彼女に別れを告げているようだった。


 呆気ない……本当に呆気ない終わりだ。

 あれだけの思念を抱いていたユダの最後が、まさか実の息子に討たれるなんて。彼女自身も、想像していなかったかもしれない。


 けれど、生きたまま罪を償って欲しいかと問われれば、セルイラは首を横に振るだろう。

 誰かの手によって息絶えたなら、ユダはもうそこまでだ。

 改心すら見せなかったユダを生け捕りにしたところで、200年前に理不尽に死んでいったセラの弟たちが蘇ることはない。

 心の中で弔うことしか、セルイラにはできないのだ。


『ユージーン』


 ノアールの声に、ユージーンはそちらを向く。そして、その場に片膝を着いてこうべを垂れた。


『魔王様。どのような処罰も、お受け致します』


 覚悟を決めたユージーン言葉は、まるで自分が殺してしまったユダの分まで、罰を受けると言っているように感じた。

 


『――あ。なんだか厄介なのが来たかも』


 ノアールとユージーンのやり取りを皆が見守る中、完全に傍観者の一人となっていた水神が焦った様子でつぶやいた。


『厄介とは、僕のことか? 水の神』


 突如、セルイラの頭上から声が降ってくる。

 ギョッとして見上げると、そこには宙に浮いた状態でこちらを見下ろす少年の姿があった。


 紫にも黒にも見える少年の髪は、肩あたりで綺麗に切りそろえられている。両耳の上にある跳ねた毛先が、角のようにも見えた。

 黄金の大きな瞳はツンとつり上がっており、ぎらりと尖った鋭い空気が周囲に伝染していく。

 そしてその装いは、セルイラの見たこともない豪奢な装飾で埋め尽くされている。


『やあ。久しぶりだね、魔神くん』

『……その魔神くんというの、いい加減にやめろ。水の神』


 水神があまりにも自然に挨拶をするものだから、全員の反応が、揃って五秒ほど遅れた。その後、数人を除きそれぞれ内心で「魔神!?」と驚愕する。


『ははは、魔神くんは魔神くんだよ』

『……はぁ。それより、相変わらずその格好をしているのか。見慣れないな』

『ええ? 僕はもうこの姿に変えてから200年も経つんだけど。結構気に入ってるんだけどな』

『それは僕たち神の真姿じゃないだろう』


 魔神と呼ばれる少年は、人間に例えれば十歳に満たないくらいの姿をしている。その見た目に反して青年期の男のような声を喉から出しているので、なんともちぐはぐだった。


『まあ、いい。今は君と呑気に話している場合じゃないんだよ』


 何やら不機嫌な表情の魔神は、水神との会話を途中で切り上げる。

 水神は「相変わらずだなー」と笑っていた。


『……神子(カミコ)が、こんなにいる。水の神の仕業だな? 一、二……三? いや、君は少し特殊だな』


 天井に近い位置からセルイラたちを眺めていた魔神は、ミイシェ、ノアールと視線を向け、最後にセルイラを見つけると目をとめる。


『……ああ、なるほど。水の神、また人の子に深く干渉して。困ったやつだよ』

『そんなこと言わないでよ、魔神くん。それに、カミコがいるから魔神くんだって姿を見せられたんだから』

『……』


 半分諦めのため息を吐く魔神の視線は、次にユダへと移動した。


『君だ。大罪の子』


 魔神の目的は、ユダのようだ。魔神は鋭くさせた双眼を光らせると、浮いた体を素早く下降させ、ユダへと近づいた。


『……ぐ、ううう。ああああ……あ……』


 突然、ユダが呻き声をあげ始める。

 仕留めたものだと思っていたユージーンは、狼狽を顔に漂わせた。


『君、大罪の子(ユダ)と血の繋がりがあるのか。未練は?』


 いきなり魔神に話を振られ、ユージーンは言葉を詰まらせる。

 けれど、すぐに応えた。


『……未練は先ほど、切りました』

『そうか。賢明な子だ』


 魔神はふわりと浮いてユージーンの頭を撫でる。まるっきり子供の扱いの神に触れられ、ユージーンは固まってしまった。


『そもそも、彼女はもう生きてはいない。身はすでに朽ち果て、それでも突き動かしているのは、禍々しいまでの執念だ』


 淡々とした口調で、魔神はユダに聞かせるように言い放つ。


『大罪の子。君は禁忌を侵しすぎた。魂を蘇らせようと、魂の元となる物を禁術を操り収集した。――魂の操作は、神の領域。ひとつの生物に過ぎない人族が、安易に触れ、無事でいられるものじゃない』

『ア、アア……ギャアアア!!』

『楽に来世へゆけると思うなよ』


 何を、どうしたのかは、誰もが分からない。

 だが、魔神は間違いなくユダに何かをしたのだろう。

 彼の黄金の目の発光する勢いが収まると、ユダは今度こそ、事切れた。


『水の神。これは僕が回収する』

『わかった。よろしくね、魔神くん』

『ああ。――あ』


 魔神はこくりと頷き、ふと思いついたようにノアールの前まで近寄る。


『魔王、ノアール』

『……?』


 魔神に話しかけられたノアールは、薄い反応を返す。肝が据わっているというのか、魔神が現れてからも彼は落ち着き払った様子でことの成り行きを眺めていた。


『君は、水神の祝福を授かった。その影響で残りわずかとなっていた君の寿命は、少なからず延びただろう。だが……それでも、数年と短命だ』

『魔神くん!』

『水の神、口を出すな。水神の祝福を与えたとはいえ、この子は魔王。僕の領域下だ』


 氷のように冷えきった瞳が、水神の動きを止める。神には神の掟があるのかもしれない。水神は好き勝手に行動しすぎたのだ。


『ただ――』


 魔神は少しだけ言い淀むが、嘆息混じりの声で発する。


『君は、神子(カミコ)の力を得た。故にわずかならば、魔神への貢ぎ物と引き換えに、寿命を与えることはできる』

『……貢ぎ物?』

『そうだ。君の――』



 魔神はその言葉を最後に、ノアールへと見えない刃を当てた。





次回、最終話となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] みんなは幸せになるのか緊張します。 更新お疲れ様です。応援してます。
[一言] なんか来たぁぁ⁈
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