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『よし、開いた。行くぞメルウ!』

『はい。おそらくセルイラ様も、こちらに……!』


 正確に言えば壊したというのが正しいが、扉を崩壊させたアルベルトは、メルウと共に王座の間へ入って行った。


 一歩、足を踏み入れた瞬間、ただ事ではない空気にアルベルトとメルウは、立ち止まる。


『……は?』


 無惨な光景を前に、アルベルトは自分の目を疑った。

 黒い床に赤黒い色で描かれた魔法陣。

 その中央には、父親と――背中から右胸を刺された血だらけの母親がいる。

 父親のノアールは、上から覆い被さる彼女の体を抱き止めていた。


『なんだ、これ。なんで』

『ママ!!』


 入り口から声を張り上げたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたミイシェだった。

 悲痛な叫び声が、空間にこだまする。

 ユダは、ミイシェの発言に顔を歪ませた。


『……()()?』

『いけません、ミイシェ様! アルベルト様に言われたでしょう! 危険だからお部屋で待っているようにと!』

『……でも、ママが……あれ、ママの血が! ママァ……!』


 ニケはミイシェを取り押さえるが、セルイラの惨状を目のあたりにすると、顔を青くさせた。


『……せ、セラ、さま』


 尋常ではない血の量。床を徐々に侵食していく赤い血は、セルイラの命の危機を報せていた。


『――おい』


 誰もが動けずにいる中で、真っ先に動いたのはアルベルトだった。

 魂を半分抜かれたような、目の前の光景に呆けた顔をするアルベルトは、表情を変えることなく周囲を確認する。


『何があって、そうなった? なんで、刺されてる? どうすれば、そうなるんだ?』

『ああ、ああ……餓鬼が。よくも、邪魔を』


 計画が狂ってしまったからだろう。ユダは自分の髪を掻きむしりながら、ブツブツと小言をこぼしていた。


『――その髪に、顔は』


 ユダの姿にアルベルトは目を見張る。

眉を引き絞らせ数秒間だけ考え、その後アルベルトはどこか納得したように言った。


『ようやく面が見れたと思ったら、なるほどな』

『――ああ、アルベルト。こうしてあたしの顔をちゃんと見るのは、はじめてだった? ふふ、そんなに見ないで恥ずかしいわぁ』


 頭のネジが一本外れたような、陽気なユダの声にアルベルトは露骨に顔を顰めた。


 アルベルトの記憶にあるユダは、常に顔をベールに似た布で覆っていた。

 一番頭に焼き付いているのは、不快とすら感じるどぎつい色の唇の紅だけ。

 城の者が知る限り、ユダの素顔を把握しているのは、魔王ノアールとお付きの侍女であるナディエーナだけであった。


『アルベルト。お願いだから、おとなしくしていて? もうすぐで、儀式が完成するんだから。ねぇ、いい子だからね』

『俺の名を気安く呼ぶんじゃねぇ。てめぇは黙ってろ。クソババア』


 アルベルトは、冷めた瞳をユダに向け、手をかざした。


『ギャアア!』


 一切の手加減なく、アルベルトはユダに炎を放った。アルベルトの魔力と同じ色をした青い炎は、ユダの体を直撃し、衝撃に押されて壁に叩きつけられる。

 玉座の間の壁は、扉同様に崩れ落ち、ユダは瓦礫の下に埋もれたまま反応を示さない。


『メルウ』


 アルベルトがメルウに目配せをする。


『かしこまりました』


 アルベルトの合図で、メルウはノアールとセルイラがいる場所へと急いだ。


『……っ!』

『おい、待て。なに動こうとしてんだ。てめぇに訊いてんだよ』


 ユダのもとへ駆け寄ろうとするユージーンを、アルベルトが止めた。

 一歩でも動いたら許さない。アルベルトの瞳は本気だった。


『ユージーン。俺、言ったよな。あんま勝手なことするんじゃねぇぞって。なのに……お前は一体、何をしてるんだ?』

『……魔力縛りでセルイラちゃんを動けなくさせ、ここに連れて来たんだ』


 その言葉に、アルベルトの瞳がカッと開かれる。


『お前、俺に言ったよな? 魔力縛りが、どういうものなのか。俺の頭に拳を下ろしたよな?』

『……それは』

『聞きたいことは山ほどある。お前とあの女の関係もな。その前に、これだけは答えろ』


 怒りが頂点に達したアルベルトは、抑えが効かず身体中から魔力を溢れさせている。

 ごき、ごき……と、手を組んで関節を鳴らす。そしてもう一度、右の手に青い炎を出現させ、ユージーンに尋ねた。



『…………俺の母さんが、あんな怪我を負ってる理由は、なんだ!!!』




 ◆




 セラ――と、ノアールは呼ぶ。

 セルイラの奥底が、じんわりと温かな感覚に包まれる。

 ノアールに認識され、名を呼ばれるだけで、こんなにも泣きたくなるなんて。喜悦の情で心が溢れそうになるなんて思ってもみなかった。


『……ノア』


 ノアールの瞳からわずかにこぼれた涙を、セルイラは指で掬いとった。

 四つん這いのような状態で、セルイラはノアールに覆いかぶさっている。

 ノアールは手を後ろについて、自分の体を支えていた。瞬きすら惜しいと、セルイラの存在を確かめ見入っている。


『あの、何から、話せばいいんだろう……。わたしね、生まれ変わって、たんだ』

『生まれ……変わり……?』


 ようやく絞り出したノアールの声。セルイラはコクリと頷く。


『う、ん。本当は……げほっ……もっと早く、言うつもりだったの……でも、こんなに、遅くなっちゃった』


 段々と……セルイラの呼吸に、雑音が混じり始めた。

 背中から右胸にかけて一突き。刺されたままの剣を抜けば、今の比ではない量の出血がセルイラを襲うだろう。


『えっと、そっか……あなたも、ユダの命令で、動けないんだった。わたしも、動けそうにないから、このまま聞いてくれる……?』


 言葉を紡ぐたび、セルイラの全身に激痛が走り続ける。

 足元から伝わる冷ややかな温度は、徐々に体温を奪われているのだと悟った。

 震える手で、ノアールの頬を包み込む。まだ夢だと思っているのか、ノアールの顔は普段の何倍も幼く、不思議と可愛く見えた。


(あ、れ、痛みが……なくなって、きた?)


 激痛の次に待っていたのは、神経の喪失だった。それはつまりセルイラの時間が、もう残りわずかとなっていることを意味している。

 それでも今、ノアールに伝えなければいけないと、セルイラは唇を開く。


『あ、ごめんなさい……こんな感じで、あなたに、打ち明けることになるとは、思ってもみなかった、から。もっと、順を追ってね、言おうとしてたのよ。今日、談話室で。…………ええと、そうだ…………わたし、わたしはね……セラの記憶があるの。セラとして生きた……200年前の、記憶』

『……セラ』

『信じて、くれる? アルベルトにはね、最初……少しだけ……疑われちゃったけど、あなたには…………信じて欲しいなぁ』


 ノアールは、唇を噛んで首をふるふると動かした。


『あなたは――セラだ』


 言葉では例えようのない表情を浮かべ、ノアールは、そう言いきる。

 ふんわりと笑ったセルイラは、眩しそうにノアールを見つめた。


『もしかして……ノアも、見えるの? この、綺麗な糸。これね、水神様の、糸よ。ずっと、絡まっていたみたい。でも、さっきね、ほどけて……だからなのね、あなたが、わたしを、わたし(セラ)だと……分かってくれたのは』


 本当に夢みたいな話しねと、セルイラはおかしそうにする。


『……なんだっけ、あのね、色々……話したかったんだけど。ほら、わたし……こうなっちゃったから……難しそうで……』


 二人の間に流れる時間だけが、ゆっくりと流れている。

 聞こえるはずの喧騒は、なにも聞こえてこない。

 この瞬間だけは、世界が二人を中心に動いているようだった。




『わたしはね、ノア――、ごほっ!!』


 セルイラの口から、またしても血がぼたぼたと溢れ出る。

 その美しい青い瞳に、影が差し始めた。




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― 新着の感想 ―
[一言] アオちゃーん‼︎‼︎ アオちゃーん‼︎‼︎ Mayday!Mayday‼︎‼︎ アオちゃん! 至急、現場に駆けつけて下さいー‼︎
[一言] ぇ?ぇ?アカンやん…アカンて! おーい!水神!仕事だぞ!
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