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59 ユージーンの目的


 ユージーンの父親の名を知った瞬間、セルイラの肌がざわざわと粟立った。


 ジグデトス・クロシルフル。

 

 ノアールの父親であり、第六代魔王の称号を継承したとされるその男は、悪と囁かれ、怠惰の王と呼ばれていた。

 幼い頃は、ノアールと同じように魔王教育を施されていたようだが、ジグデトスは縛られることを良しとしていなかった。


 自分が良ければそれでいい。

 力を持った自分は、選ばれた存在であり、自分より下位の者は黙って従っていればいい。

 そんな幼稚な考えが常にあった。


 しかし、代々受け継がれている魔王の血を、まがいなりにもジグデトスの体内には流れていた。

 その当時、ジグデトスの強大な力を前に、魔族たちは逆らうことができなかったのだ。


 セルイラが、セラとしてメルウに教えられたのは、あくまでも簡単なことだけだった。

 第七代魔王がノアール、そしてそのひとつ前の代が、ノアールの父親であるジグデトス。

 魔王の妻となった以上、最低限の知識だけは必要ということで、セラは歴代魔王の名を記憶していた。


 メルウは、ジグデトスを愚かな王だったと、セラに伝えた。

 ジグデトスのことを知ったセラは、出来心から侍女のナディエーナに彼のことを尋ねてみたのだ。


 ナディエーナは、かなり渋い顔をしていたが、メルウよりかはジグデトスについてを語ってくれた。


 "六代魔王は、民から悪と呼ばれ、臣下からは怠惰の王と囁かれておりました。しかし、あまりこの城で六代魔王について多くを語る者はおりません。彼を殺したのは、息子であったノアール様ですから"


 そんな話を聞いてしまったこともあり、余計にセラは初めノアールのことを怖がっていた。

 自分の父親を殺すだなんて恐ろしいことを、彼女のこれまでの人生を踏まえて一度も耳にしてこなかったからだ。



 ◆



「俺の父親の名前は、ジグデトス・クロシルフル。そして現魔王の父親だった男でもある。まあ、父親だといっても、俺にとっては血の繋がりだけだ」


 どうしてああも平然に暴露できるのか、セルイラには理解ができない。

 しかしユージーンが嘘をついているようには、どうしても見えなかった。


(わたしが人間で、なにも知らないと思っているから言えるの……?)


 もしもユージーンが、セルイラの生まれ変わりを知っていたとしたら、簡単に打ち明けたのだろうか。


「では、ユージーン様は――魔王様の、ご兄弟ということですか?」

「……そうだね。事実上は、だけど」


 そんな話は、一度も聞いたことがない。

 セラとして魔王城で暮らしていたときも、ユージーンの影は一切なかった。

 ましてやユージーンは、アルベルトの一番親しい友人だったはずだ。

 一体いつ、どうやって現れたのかが分からない。


「その、話を……他に知っている方は、いらっしゃるのですか?」


 メルウが知っていれば、ユージーンを野放しにしておくはずがない。

 彼が第六代魔王 ジグデトスの子であり、魔王の腹違いの兄弟だとするならば、少なくとも警戒はするだろう。


「副官殿には、たぶん知られちゃったな。彼の父親は、以前反乱軍の参謀だった。当然、前魔王(ジグデトス)のことも聞いていたはずだ。例えば――魔力の特徴とかね」


 そう言って、ユージーンは自分の右手に炎を出現させた。

 それは透き通るような赤い、真っ赤な火と似ている。魔力を具現化させたものだ。


「前魔王の魔力の色は、赤なんだ。俺はそれを受け継いだらしい。普段は神経をすり減らしていたから、なんとか隠せていたんだけどね。さっきは駄目だった。セルイラちゃんに転移の魔法を使ったときは、力の加減が上手くいかなかったんだ」


 もう隠す必要がないというように、ユージーンは次々と赤い光を空中に浮かせてみせた。


「この魔力の色はね、誰もが見せられるわけじゃないんだ。有り余った魔力が外側に飛び散り空気に触れることで、色となる。俺の父親が、前魔王だったからかな? 俺は魔族の中でも力は強いほうだと思うよ。ただ――」


 ユージーンは、ふと後ろを振り返った。

 そこには壁しかないはずなのに、確実に何かを捉えている。


「魔王ノアール……あの人は、本当に別格なんだ。力の強い魔族が、親から魔力の色を受け継がない理由はただ一つだけしかない。魔力の色を変えてしまえるほどの力が、あるということ。ああ、アルベルトの魔力も、魔王様とは違った青色をしているんだけどね。つまり彼らは、魔力の色が変わるほどの個々にしかない本質を内に秘めているんだね」

「なにを、言いたいのですか……?」


 魔力の色については分かったが、それを今する理由とはなんなのか。

 これだけの長い前置きをして、結局ユージーンはセルイラに何を伝えようとしているのだろう。


 自分以外の状況を知ることができない。時間が経てば経つほど、セルイラの焦りは大きくなるばかりだった。


「何を言いたい……か。そうだねぇ。君からしてみれば、訳が分からないことばかりだ。ならば、もっと端的に言おうか」


 床に伏せるセルイラのもとに、ユージーンはゆっくりと近づいて行く。

 そして、その場に片膝を着くと、囁くように声を出した。


「それだけの力を、魔王ノアールは持っていた。歴代の王の誰よりも、最強だと謳われるほどに。彼は危険因子は殲滅し、第七代魔王の称号のもと、魔王らしく魔界を統治していた。だけどね、そんな彼が――過去に一度だけ敗北したことがある。なんだと思う?」

「……っ」


 セルイラが動揺して返答を躊躇する隙に、ユージーンは間髪入れずに、答えを口にした。


「そう、それはね。――愛する人を、死なせてしまったこと。愛する子どもたちを、呪術によって囚われの身にさせてしまったこと」

「……」

「それが、魔王ノアールの敗北。そして……それを実行したのが、俺の母親(ユダ)なんだ」


 そんなの、知っている。嫌というほどに。

 セルイラは心の中で、ようやくユージーンに返答を送った。



 ◆




「……前魔王ジグデトスは、どう考えても愚かな王だった。そして、俺の産みの母親も、愚かな人だと思う。だけどね、愚かだと思いながらも、憐れな人だと感じてしまうんだ」


 ぽつり、ぽつりと、ユージーンは呟く。

 どこか余裕のある大人びた青年だった彼の顔つきが、母親を思い出してか変化が表れる。


「情なんて、無いはずだった。彼女は産みの母親というだけで、育て親は別にいる。捨て置かれたことに感謝すらしていた。関心すらなかったんだ」


 ユージーンの様子が、わずかに変わった。

 

「ユージーン様、大丈夫ですか……?」


 あまりにも震えているから、喉の奥で絞り出された苦しげなユージーンの声に、セルイラは心配そうに言葉をかけていた。


「……!」


 眉間に皺を寄せて歪ませた顔が、セルイラの呼びかけによって反応を示す。

 驚いて瞳を見開いたユージーンが、セルイラには幼く見えた。


「……はは、本当に……心の香りっていうのは、厄介だなぁ」


 まるでセルイラから目を背けるように、ユージーンは片手で顔を覆い隠してしまう。


「どうしても、可哀想な人だと思ってしまう。だからこそ、もう楽になって欲しいと願わずにはいられない。そのために犠牲を選んだ。俺は本当に、最低なやつだ」


 ごめんね、と。ユージーンはまた口にする。

 後悔と負い目混じりの震える声が、セルイラの耳元に深く落とされた。



「こんな状況で、気遣ってくれる優しい君を――彼女(ユダ)(うつわ)にしてしまうんだから」





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― 新着の感想 ―
[一言] 精神世界で一騎討ちでもするのか⁉︎
[一言] うわー!ヤバいヤバい! 早く誰か助けを!
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