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58 ふたりの



 セルイラは、自分の身体を覆い囲むように出現した赤い光が、魔力だと気づいた。


 メルウやアルベルト、そしてノアールが魔法を扱う際にも時々目にしていたそれは、はじめから狙っていたようにセルイラを襲ってくる。


「……っ!」

『なぜ、こんな魔力が……! セルイラ様! こちらの声は聞こえますか、セルイラ様!』


 身を固くしたセルイラは、目の前に迫った赤い光に堪らず瞼を閉じる。

 メルウが赤い景色の向こう側で、声を大きくして何かを言っていた。

 予想外の事態に、メルウの言葉は魔界語に戻ってしまっている。


「なに、なんて言って」


 セルイラの声が、メルウに届くことはなかった。


 いつの間にか視界は先の見えない暗闇に染まり、立っていることすら不思議な感覚の中で、その声は聞こえた。



「――ごめんね、セルイラちゃん」



 ◆



 あれが転移の魔法だったのだと気がついたのは、セルイラが意識を取り戻してからだった。


「痛っ……」


 ひんやりとした固い床の感触。ここに長時間寝かされていたのだろうか。身体中が痛みに悲鳴をあげていた。

 頭もどこかぼんやりとしていて、セルイラは上体を起こすので精一杯だった。


(ここは……どこ……?)


 薄暗い部屋の中に、セルイラはいた。

 かなり広めと思われるその空間には、セルイラのほかにもう一人誰かがいる。


「目が、醒めたみたいだね」


 男性特有の低い声。自分に掛けられた言葉だと理解していたが、セルイラが答えることはなかった。

 ただ、相手をじっと見つめて、様子を探る。


「ああ、まずは光を灯そうか。君もこのままでは話しづらいだろうしね」


 そう言って、たやすくその人物は部屋を明るく照らしてみせた。

 照らしたといっても、部屋に備え付けられた照明ではない。自分の魔力で作ったものなのだろう。ゆらゆらと不規則に動く火の玉のような光は、部屋の至る所に散らばって浮いている。


 ようやく彼の顔がはっきりすると、セルイラは寸前まで溜めていた名を、吐き出した。


「……ユージーン様」

「こんばんは、セルイラちゃん。こんな手荒な真似をしてしまって、本当にごめんね」


 ユージーンは、初めて会ったときと何ら変わらない、華やかな笑顔をたたえていた。


「なぜ、わたしはここにいるのでしょうか。全く分からないのですが、説明していただけますか?」


 身体は思うように動かず、立つことすら難しい。それでもセルイラは、あえて笑ってみせた。

 じんわりとまとわりついてくる恐怖を、ユージーンに悟られたくなかったからだ。


「……はは、驚いたな。もっと取り乱されることも覚悟していたのに。本当に不思議な人間だよ、君は」


 感心と、興味、そして疑念。

 どうとも取れるユージーンの目の色は、まだ温かみが残っている。

 状況についていけない今、どんな目的があって、なにをしようとしているのか、セルイラは彼に聞く必要があった。


「わたしはメルウさんと一緒にいました。彼は、どこにいるんですか」

「そう心配しなくても大丈夫さ。副官殿には、事が済むまで大人しくしていて欲しかったから、動けないようにしてある。怪我はしていないはずだよ」

「どこに、いるんですか」

「どこだったかな……。適当な部屋に置いてきたから。だって思わないだろう? まさかこんな時間に城内を出歩いているなんて。てっきり君は、部屋で眠っているとばかり思っていたから」


 セルイラがノアールの元へ向かっていたことに、ユージーンは勘づいてはいないようだった。

 ここで一度、セルイラは浅い呼吸を整える。


(わたしだけを狙ったということ? なら、アルベルトやミイシェのほうはどうなっているんだろう。それに、まさかメルウさんが……)


 魔王ノアールの副官であるメルウが、動きを封じられている。

 その意味が、分からないセルイラではない。


「……あなたは」


 顔色を変え始めたセルイラに、ユージーンはまた、笑いかける。


「セルイラちゃん。突然だけど、俺の話を聞いてくれないかい?」

「話、ですか」

「そうだよ。今から話すことは、セルイラちゃんをここへ連れてきた理由に繋がることでもあるから」


 悠長に聞いている場合ではないが、どのみちセルイラは身体を動かすことができない。

 目に見えない重りでも足に乗せられているような感覚だった。


「……」


 結局セルイラは、了承の意味を込めてぎこちなく頷いた。

 ユージーンは「ありがとう」と返して、一息置くと話し始める。


「俺の産みの母親はね、元はただの人間なんだ。けれどある時、命の危機に陥った。そんな母を救い出したのが、俺の本当の父親」


 まるで枕元で子どもに聞かせるような柔らかい話し方には、おとぎ話の始まりを彷彿とさせるものがある。

 しかし、次から次へとユージーンが投下する発言には、そんな淡い空気を一瞬で吹き飛ばすだけの真実を秘めていた。


「今にも死にそうな母親に、俺の父親は、ある秘術を使って命を繋げた。それにより、母親は半魔になったんだ」

「……ユージーン様の父親が、秘術で、半魔に」

「うん、そうだ。父親はかなり自己中心的なヤツでね、瀕死だからって誰かを助けるような真似をするほどお人好しじゃない。母親を半魔にしたのも、ただの、思いつきに過ぎないものだったんじゃないかな。自分の寿命も必要とする秘術だというのに、おかしな男だと思うよ」


 ユージーンは「昼間に話したから、半魔はもう知ってるよね」と軽く確認してくるが、それにセルイラは空返事しかできなかった。


「まあ、俺は実際に父親と会ったことはないけれど、大昔はこう呼ばれていたらしいんだ」


 それはセルイラも、セラであったときにメルウの授業にて何回か耳にしたことのある名前だった。

 

 ――第六代魔王 ジグデトス・クロシルフル。


 歴代の魔王の中で、最も「悪」だと云われる前魔王。


 それは現魔王のノアールが、幼少期に自分の手で葬ったとされる……ノアールの父親の名前でもあった。



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[一言] ユージーンが動きましたか… はたしてユージーンの思惑は…
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