53 舟遊び
ユージーンに釣られて野原の上のほうにいた全員が水畔に集結した。
ミイシェはアルベルトの背に飛び乗るようにして、アメリアは足場が悪い箇所をニケに手を借りている。最後尾には、メルウが立っており、彼は城の方へと目を向けていた。
『あっ、マ──』
『ユージーン、一人で何してんだ』
ミイシェの声を狙ったようにアルベルトが被せる。ミイシェも察したのか、ハッとした顔をすると、両手で口を押さえていた。ノアールがいなくなったとはいえ、ユージーンがいるからだろうか。アルベルトの言葉を守っているようである。
『ごめんごめん。セルイラちゃんが一人になっていたから、何かあったのかと気になってね』
いつも通りに軽い調子のユージーンに、アルベルトはため息をこぼした。
『……ユージーン、お前。あんま勝手なことするんじゃねぇぞ』
『……分かっているよ』
たったそれだけの会話だったが、セルイラには、二人の空気が妙に張り詰めた気がした。
ここで、ユージーンは気を取り直したように提案をする。
『そうだ。せっかく湖が目の前にあるんだし、前に言っていた舟遊びでもする? アルベルトも、花嫁候補の女性たちの中で、この二人のことを気にしているんだろう? ちょうどいいじゃないか』
『……の野郎、言ったそばからお前ってやつは! だいたい舟遊びなんて、今はそれどころじゃ──』
『それどころじゃない? あ、そういえば、アルベルトたちはこんな人数でなぜ野原に? てっきり俺は狙いを絞って彼女たちを誘ったんだと……』
『そ、それは……あれだよ、なんだ……』
不意にユージーンから問われ、アルベルトの頬に汗が垂れる。
確かに、何の理由も無しにミイシェと、セルイラたちを野原に連れ出すのは不自然だった。
『……くっ、ああ、そうだ! ミイシェを外で軽く遊ばせるついでに、あいつらも呼び出したんだ! 文句あるか!』
『いやあ、ないない。そもそも城の使用人たちはそうじゃないかと噂していたよ。じゃあ、特に問題もないね』
『わー、ミイシェ、舟乗る!』
二人の会話に割り込んだミイシェは、アルベルトの背をぴょんと降りると、ユージーンのそばに近寄った。
『お、嬉しいな。ミイシェちゃん。やっとお兄さんに懐いてくれたんだ』
『ユージーン、舟どこー?』
『……はいはい、舟ですね』
ユージーンは肩を落とすと、手を湖へとかざし、どこからともなく数人が乗れる小船を出現させた。
『わあ! 舟ー! ユージーンすごい』
どうやらセルイラがノアールと話している間に、それなりの交流を済ませていたようだ。
アルベルトと同じく王族であるミイシェに対しても、ユージーンの態度はさほど変わりない。無礼と捉えられないのは、ユージーンがアルベルトと旧知の仲だからなのだろう。
ユージーンの軽率な態度を黙認しているのは、他でもないアルベルトだ。
『おにいさま、はやくはやく!』
『うあっ、こらミイシェ!』
興奮した様子でミイシェは、アルベルトの腕を小舟へ目掛けて引っ張っていった。
「二人は先に行ってしまったし……セルイラちゃんとアメリアちゃんもどうぞ」
「わたくしたちは……」
いつの間にか近くに立っていたアメリアが、セルイラの顔を窺っていた。
迷っているみたいだが、怖がったり、嫌がったりといった反応はない。
「ごめんなさい、アメリア。日に当たりすぎて目眩がするから、木陰で休ませてもらってもいい?」
「えっ、大丈夫なんですか!? 具合が悪いなんて、お部屋に戻ったほうがいいのでは……」
「心配しないで、少し休めば治ると思うから」
目眩というのは、口から出たでまかせだった。この程度で体調が優れなくなるほど、セルイラはヤワではない。
嘘を言って申し訳なく思いながらも、セルイラは半歩下がる。
「……では、私もこちらで待機させていただきます。皆様はどうぞ舟遊びをお楽しみください」
セルイラを援護したメルウは、自分の代わりでニケに同船するよう伝えた。
「そうか、セルイラちゃんは乗らないのか」
「申し訳ございません、ユージーン様。せっかくのお誘いですが、今回は見物させていただきます」
しかし、こうなってくるとアメリアも遠慮が強まってしまった。
セルイラが乗らないなら自分も、と辞退しようとしたところで、アメリアの手を誰かが掴んだ。
『アメリア、ミイシェと一緒に乗ろう?』
「へ、ミイシェ様っ?」
先に舟に向かっていたミイシェが、アメリアの手を引く。
戸惑うアメリアだったが、ミイシェの屈託ない素直な笑顔に頬を緩める。
「わたくしを、お誘いくださっているのですか?」
「うん、そうみたいだ。一緒に乗って欲しいって。どうだい、アメリアちゃん。ぜひ見てほしいものがあるんだけどな」
昨夜は魔力を秘めた満月の光が、地上に多く降り注いだ。
湖の底には、魔力に反応して輝きを放つ水晶石が無数に落ちているという。
ユージーンの話によると、夜間ほどではないが、昼間でも十分に見て楽しめるらしい。
『アメリアー、はやく』
「ミ、ミイシェ様……あの、わたくし」
「アメリアが嫌じゃなければ、ぜひ行って来て。もし良かったら、あとで感想を聞かせてくれたら嬉しいな」
自分のことは気にしないで欲しいと微笑めば、アメリアは考えた末に頷いた。
アメリアはミイシェと手を繋いだまま、舟へと向かっていった。
「ミイシェ様は、本当に賢いお方ですね」
メルウの言葉に、セルイラはくすりと笑う。
「ええ、感謝しないとね」
ニケやアルベルトも、おそらく気づいているだろう。
ノアールや、ユージーンが現れたのは想定外だったが、ようやく、昨晩の話の続きができる。
「セルイラ様。実は昨夜、魔王様が──」
色々と尋ねたいこともあるが、メルウは手始めに、あきらかに今までと様子が違った昨晩のノアールのことを話した。




