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40 眠り姫の目覚め



 騒ぎになっていた舞踏場は、メルウの機転によりほぼ沈静化しているようだった。

 セルイラとアメリアに魔法を操って酒入りのグラスを飛ばしたのは、魔族の中では若年層である少女たちだった。人間の年齢に換算すると、およそ十四、十五ほどらしい。

 元凶となった魔族の少女たちに関しては、今日のところは自宅に強制送還された。しかし、王子主催の夜会の席に水を差したということで、処遇は重くなるとのことだ。


「セルイラ様……? アメリア様とお戻りになったのですか? ニケがあなたを探しに出たはずなのですが……」


 舞踏場に戻って来たセルイラに、メルウはそう尋ねた。


「本当? どこにいるんだろう……わたし、今から探しに」

「いえ、問題ありません。すぐに呼び戻しますので」


 ニケについては念話で疎通が可能だ。

 それよりも、セルイラのドレスが綺麗になっていることにメルウは首を傾げた。


「アメリア様のドレスは見当がつきますが。あなたもアルベルト様に?」


 アメリアのドレスをアルベルトが直したことは、メルウにお見通しらしい。だが、セルイラのほうは想定外のようだ。


「ううん、違う。ドレスを直してくれたのは……」


 この場で名を出すのは躊躇われたので、セルイラは首をやんわりと左右に振ってぎこちない笑みをこぼす。

 それでも、大切そうにドレスの生地に手を触れたセルイラに、メルウは追求してこなかった。


 気を取り直して再開された演奏が、場の空気を整えるように流れる。


(わたくし)はアルベルト様のところへ戻りますが、もうあのような事態が起こらないよう、会場にいる者たちにはしっかり釘をさしておきました。ご安心くださいませ」


 魔族側はおそらく、アルベルトが本当に気まぐれで人間の令嬢を魔界に召喚したと思っていたのだろう。

 ゆえにちょっかいを出したところで、大事にならないと考えていたようだが、先ほどのアルベルトの反応を見る限りそうではないと認識したようだ。

 今晩は大人しく様子を見る。そう、魔族側はそれぞれ結論を付けていた。


 メルウは主催者席に腰を据えるアルベルトのところへ歩いて行き、セルイラは人が少ない壁側へと移動した。

 

「セルイラ! これ、良かったらどうぞ」


 ユージーンを付き添いに飲み物を取りに行っていたアメリアが、明るい顔をして帰ってくる。

 セルイラにグラスを差し出しながら「良い香りがするので持って来ました」と微笑む。


「アメリア……あの、もう大丈夫なの?」

「え? はい、大丈夫ですけど……なぜですか?」


 気遣わしげにセルイラが問えば、アメリアがこてんと訊き返す。

 なぜ、と言われれば返答に迷ってしまう。温室育ちのアメリアからしてみれば、肌を晒されたのはショックのはずだろうに。


「心配していただきありがとうございます。あの、たしかに初めは動揺してしまいましたが、本当にもう大丈夫なので」


 ふわりとアメリアは笑う。アルベルトとのことが、彼女の気持ちを切り替えてくれたようだったが、それにしても、とセルイラは思う。


(アメリーって、思っていた以上に気丈な子なのね)


「アメリアちゃん……もしかして、アルベルトとなにかあった?」


 じっと二人の会話を横から聞いていたユージーンが、そうアメリアに尋ねる。

 アメリアは目を瞬かせ、分かりやすく声を上ずらせた。


「え、あ、なにかって?」

「いいや、元気になって帰ってきたから。まさかアルベルトが慰めに行ったりしたのかなと思って。ははは、まさかね」

「わたくしを、慰める……アルベルト様がですか? なぜです?」


 探りを入れるユージーンだったが、アメリアにそれは通用しなかった。

 アメリアからしてみれば、噴水でのことは慰められていると言わないのかもしれない。自分の泣いた姿に大笑いしていたぐらいなのだ。


「まあ、そうだよな。アルベルトだしね。ごめんねアメリアちゃん、変な事言って」

「いえ。あの、でも……」


 アメリアはグラスの持ち手をきゅっと握ると、顔をほころばせた。


「アルベルト様は……わたくしが考えていたような人ではないのかもしれないと、思いました。ちょっと強引なところはありますが、お優しい方なのかもしれないと……」


 もじもじとするアメリアは、ふっと目を細める。


「え、なに? なにそれ! ちょ、アメリアちゃん。ちょっとお兄さんに詳しく──」

「ユージーン様! 根掘り葉掘り聞き出すのは野暮ですよ」


 すかさずアメリアの盾になったセルイラ。ユージーンにはこう言っているが、セルイラは噴水でのアメリアとアルベルトを影から覗き見ていた。すべて知っているのである。


「セルイラちゃん、なにか隠していない?」

「そんなことありません。さ、せっかくなんですから飲みましょう」


 話をぶった切って、セルイラは飲み物を口に含む。ユージーンは納得がいっていない様子だったが、しつこいのも見苦しいと身を引いた。


「ん、このジュース美味しい。少しだけお酒の香りがするけれど。これはなにかしら──」


 ──マ、マ。


 ほぼ同時だった。

 すん、と口をつけたグラスに鼻を寄せたセルイラが言葉を言い切る前に、奇妙な声が聞こえてきたのは。


「……? アメリア、今なにか言った?」

「いえ、なにも。どうしたのですか?」

「……それでは、ユージーン様?」

「なんのこと?」


 二人は同時に首を傾げる。セルイラまでもが似たように頭を捻った。

 そうしていると、再び声が聞こえてくる。先ほどよりもずっと鮮明に、はっきりと。


 ──ママ、どこ、どこ。


 それは、心細げな幼い女の子の声だった。

 耳から入ってきたのではなく、頭に直接的に呼びかけてくる声に、セルイラの手に汗が滲んでいく。


「ごめ、なさい、アメリア。これを、頼めるかしら」

「え? セルイラ、どちらに」


 飲みかけのグラスをアメリアに預けたセルイラは、神妙な面持ちで歩き出した。

 少女の声は止むことなく、それどころか間隔を狭めてセルイラの頭に流れ込んでくる。


「セルイラちゃん!」


 後ろからユージーンの引き止める声が聞こえた気がしたが、頭の中に響き渡る少女の声にかき消された。


 ──ママ、ママ。


 消え入りそうな声に、セルイラの心は強く締め付けられる。

 誰の声なのかわからない。けれどセルイラは、突き動かされるように、舞踏場の真ん中を横断する形で足を動かした。


 セルイラがやって来たのは、主催者席のすぐそば、主催者が会場入りするための専用扉の前である。

 とは言っても、扉との距離は段差を含めまだ少しばかりあった。


『……ん? あの女、何やっているんだ』

『どうしたのでしょうか……』


 主催者席の前を素通りしたセルイラに、座っていたアルベルトも、横にいたメルウも何事かと注目した。

 セルイラは難しそうな顔つきで、専用扉を見つめている。


 ──ママ、ミイシェ、ここだよ。


 頭の中の声に、セルイラは驚愕で息を止めた。


「……ミイ、シェ?」


 セルイラがその名を小さく呟いたとき、それは起こった。


 バンッ! と、激しい音が舞踏場全体に轟く。専用扉の両方が、竜巻に押されでもしたかのように荒々しく開いた。

 流れ込んできた突風は、一番近くにいたセルイラにも襲いかかってくる。

 なんとか足裏に力を込めて踏ん張れば、次第に風が弱まり、閉じられていた視界がひらけていく。

 舞踏場にいる者たちの視線もまた、そこへ注がれた。


「……」


 開け放たれた専用扉の前には、幼い少女がいた。


 魔界で『天使』と表現するのは、かなり不相応なことなのかもしれない。

 しかし会場にいる魔族たちの脳裏によぎったのは、彼らが信仰する魔神を事細かに記した神書に登場する、穢れなき天使の挿絵だったのである。


 専用扉を開けたすぐそばには、ひし形のガラス窓があった。

 そこから差し込む月の強い光線で、少女の肌は陶器のように美しく光っている。蜂蜜色の珠のような瞳、丸みを帯びる柔らかな頬、薄桃色に染まる口唇、波のように揺れる腰下まで伸びた髪は、黒色と淡紅色を混ぜ込んだ色合いをしていた。

 天使のように可憐な少女に違和感があるとするならば、それは純白の可愛らしい寝衣だ。

 寝起きのような少女の格好は、夜会が行われているこの場には些か場違いで、不自然であった。


「……どう、して」


 まばたきすら惜しいと、セルイラは幼い少女の姿を熟視する。

 あの頃は、まだ腕にすっぽりと抱き収まる赤ん坊で、その姿しかセルイラは覚えていない。


 ──それなのに、わかる。

 あの幼い女の子が、自分(セラ)の子どもであると。娘の、ミイシェ以外に考えられない。


「ミイ、シェ」

『……』


 セルイラの声音にぴくりとミイシェは反応する。ぼんやりと虚ろであった瞳が、花開くように大きく広がり──。


『マ、マ……』

「……っ、!」


 次の瞬間、セルイラの脚に重みが加わった。

 視線を下降させると、そこにはセルイラにしっかりとしがみついたミイシェが、いた。

 細い腕と小さな手が、縋り付くようにセルイラの膝を抱きしめている。

 

『お、おい。あの子どもは一体……』

『いや、待て……さっき見えた顔立ち……似ていないか?』

『似ているって……ま、まさか』


 魔族たちの推測は当たっていた。けれど誰もその先を言おうとはせず、示し合わせたように主催者席にいるアルベルトへと視線が向けられる。


『……ミイシェ……?』


 席から立ち上がっていたアルベルトは、狼狽を顔に漂わせて固まっていた。心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。

 まだ目の前で起きていることが現実なのか、状況を処理しきれていない様子がアルベルトからは窺えた。


『──ミイシェ!!』


 そして、とどめを刺すように──転移の魔法で舞踏場に踏み入って来たのは、魔王ノアールである。

 ノアールの影響で、舞踏場に灯されていた蝋燭の炎が、ぽぽぽっと、紫色へと変化していく。


 元通りになり始めた会場の空気は、完全に崩壊した。



ありがとうございました。

ぜ、全員集合…()

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― 新着の感想 ―
[一言] ミイシェ…お母さんがわかった!? 何故かオレうるうるしてたり…(^_^;)
[一言] つい最近、一話から読み返したので急展開に驚きました。これからの展開がますます楽しみです! 素敵なお話をありがとうございます!
[一言] とっても面白いです! こんなに続きが気になった小説は久しぶりです( * ॑˘ ॑* ) ⁾⁾ 次回も楽しみにしてます☺︎
2019/12/20 07:13 退会済み
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