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4 200年後のわたしは Ⅱ



 城の書庫へ訪れたセルイラは、慣れた足取りで奥へと進んでいく。

 室内にあるもう一枚の扉を開け、さらに奥へと進み、セルイラが辿り着いたのは『第四資料庫』と札が掛けられた部屋の前だった。


 その薄い扉を開けると、綺麗な一室が広がっており、積まれた多くの書物がセルイラを出迎えた。

 古い書物が多いゆえにごちゃごちゃとした印象を受ける室内だが、他の資料庫に比べしっかりと清掃され清潔を保っている。

 この第四資料庫は、数ヶ月にひとり利用者が来れば珍しいほどに周囲から忘れられた場所であった。

 もちろん城の書庫なのだから管理されていないわけではないが、第四資料庫に置かれる書物とは、今は失われた古来語であったり、解読不可能なものであったりと取り扱い不明なものばかり。

 つまり、第四資料庫は実質的に物置部屋となっている。

 幼い頃、父と共に初めて登城したセルイラは、偶然にもこの部屋を見つけた。それ以来、ずっと通い続けているのだ。


「ええっと、ああ、あった」


 先日、栞を挟んでおいた書物を手に取り、セルイラは窓際に置かれた椅子に腰を下ろすと、横の髪をそっと耳にかける。

 それが合図とでも言うように、セルイラは読書に没頭し始めた。




「──はあ、今日の訓練もきっついなぁ」

「団長ってば手加減知らねぇよな。さすが筋肉ダルマなだけあるぜ」


 セルイラの座る場所からそれほど離れていないところに設置された窓の外から、訓練後の兵士の声が聞こえてくる。

 だが、集中して読み物をするセルイラにはまったく届いていなかった。


「ん? そういやこの窓ってどの部屋の窓なんだ?」

「ああ、書庫だよ書庫。なんだっけな、中で働いてるダチから聞いたんだけどさ、すっげー古い本とか置いてあるみたいだぜ」

「はぁー……古い本ねぇ。ま、頭良いやつは好んで読むよなぁ。俺は文字見るだけで寒気がするけど」

「いや、確かこの部屋の本は誰も読めないって。確か、古すぎて廃れた文字とか……あー、あとは魔界語で書かれた本ばっかなんだとよ。今じゃ誰も理解できねーよ」

「ふーん……魔界語って、魔族が使う言葉だろ。魔族ってやつも本当にいんのかねぇ。いつの時代の話だよ」

「俺に聞くなって。って、そろそろ訓練再開するぞ! 戻れ!」


 バタバタと騒がしい彼らの足音が遠ざかり、同時にセルイラがぱっと顔を上げた。


「ふー、終わった。ちょっと休憩」


 大きく伸びをし、空気の入れ替えをしようと窓を開ける。

 暖かい陽気と、心地よいそよ風がふわりとセルイラの髪を優しく撫でた。


「おーい、アオ〜」


 何を思ったのか、セルイラは窓の外へ向かって声を張り上げ始めた。

 何度か「アオ」「アオくん」と誰かの名前を連呼し、屋敷の料理長から貰った布袋を広げ、その中身を手のひらにパラパラと撒いた。


 すると、チチチッと可愛らしい鳴き声とともに一羽の青い鳥がセルイラの元へ姿を現した。


「アオ! 今日もご飯貰って来たよ」


 布袋の中身は、パンの切れ端を細かく刻んだもので、セルイラの手に器用に立った青い鳥は、嬉しそうにパンの粒を啄んで頬張り始めた。

 青い鳥だから「アオ」という、なんとも安直な名を付けているセルイラだが、彼もそれが自分の名だと自覚しているようでセルイラが呼べば姿を見せてくれるのだ。

 場所は王城内と限定されているので、おそらく城内に植えられた木を住処にしているのだろう。

 餌を与え始めてからすでに十年は経っているのだが、老いたようには感じない。初めて姿を現したときの小鳥のままである。そういった種類の鳥なのかもしれないが、小鳥の寿命はこんなにも長いものなのかとセルイラは疑問に思っていた。


(まあ、調べるのは今度でいっか)


 餌を食べ過ぎてぷくぷくと丸くなった鳥を前にしては、そんなこと些細な問題だと思えてくる。元気ならばそれで良い。こんなに可愛いのだから。


「チチッ」

「どうしたの、アオ?」


 身体が重くてまだ羽ばたけないアオは、窓の縁に置かれた書物をちょんちょんと突っついた。


「さっきまで読んでいた本よ。もう読み終わったけど、これで魔界語で書かれた書物は全部読み終えたわ」


 鳥に言っても理解していないことは重々承知しているが、この部屋ではいつもセルイラの話し相手になってもらっていた。

 時おり、まるで聞いている風に「チチチッ」と鳴くので、面白がったセルイラは話し続けてしまうのだ。


「…………はぁ、何をしてるんだろう、わたし」


 ふと、我に返ったセルイラは自嘲すると、窓枠にだらりと体を預けて項垂れた。

 何をしているんだろう……とは、鳥に話していることを指しているのではなく、書物のことである。


「魔界語なんて分かっても、仕方がないのにね」

「チチチッ?」


 魔界語とは、魔族のみが使用する言葉。

 数百年前ならば、まだ人間と魔族の間で交流があった。交流といっても、人間側が魔族に貢物を送るという一方的なものである。

 だが、少なくともここ200年は魔族の存在が一切認知されていない。それはセルイラが確認し、行政の一端を担う役目を持つ父に聞いた話なので間違いではないはずだ。


『──未練がましいって、あなたは笑うのかしら』


 ふと、セルイラの口から出た言葉を、城にいる誰もが聞き取ることは出来ないだろう。

 そうだと分かっていて、セルイラは続けた。


『もう、200年も経ったなんて、信じられないでしょう? わたしね、今もどうすればいいのか分からないの』


 ぽつりぽつりと、セルイラは呟いた。誰に聞いて欲しいわけでもなく、ただ胸の内で渦巻く思いを吐き出したかった。


 200年前とは違う。二度目の人生を生きるうえで、セルイラは要領良くやれていた。こうしてあの頃は習得できなかった魔族語も話せるようになれた。細かい発音の正解は分からないが、記憶を辿り違和感なく喋れる程度にはなった。


 あの頃とは違う。

 魔界語を話せるようになった。


(それで?)


 だからなんだと言うのか。200年経った今、人間と魔族は一切の関わりを持っていないというのに。


 結局は前世に縛られているのだ。貧民の娘から貴族の娘になり、不自由なく暮らし、むしろ有り余るくらいの物を与えられ、知識を与えられ、経験を与えられ──けれど、やはり前世と比べてしまう。


 生活は何倍も良くなったはずなのに、セルイラの心は満たされない。



『…………200年後のわたしは、本当に空っぽなのね』



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