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30 きっかけの先には、



「あの……申し訳ございませんでした」


 突然、席を立ったアメリアは、その場で深くお辞儀をした。

 茶会の場にいる他の者たちは、演奏に夢中になっているのかアメリアの行動には気がついていないようだった。


『……なんだ、急に』


 ユージーンに握りこぶしを落とされ渋い顔をしていたアルベルトの眉間に皺が刻まれる。

 深々と頭を下げたことにより、言葉は通じなくてもアメリアの意図がアルベルトには伝わっていた。


「アメリアちゃん、どうして謝ってるの?」


 夕餉の間にいなかったユージーンは首をかしげているが、その他は何に対しての謝罪なのかすぐに察した。


「夕餉の間で、あなたを叩いてしまったこと。いかなる理由があったとしても、手をあげることなど本来許されません……不問とは聞かされていましたが、この場を借りてお詫びをさせてください」


 謝るならば今しかないとアメリアは思ったのだろう。初めからアルベルトのことを気にしていたようだし、その機会を伺っていたのかもしれない。


『──と、いうことですが。アルベルト様、いかがなさいますか』


 通訳に回っていたメルウがそう尋ねた。

表情の読めないアルベルトは、覚悟を決めたように力強く目を開くアメリアをじっと見返している。

 アメリアの手を見ると、密かに震えているのが分かった。

 真剣な謝罪というのは、誰に対してであっても恐れをなしてしまうものじゃないかとセルイラは思っている。精神力だって必要だ。ましてや相手が一筋縄ではいかないような人物なら。


(アメリーって、強いな……)


 セルイラは二人の会話の行く末を静かに見守った。ここは口を挟むまいとユージーンも目線だけを動かして成り行きを見ていた。


『……不問だって言っているのに、わざわざ頭を下げるなんて物好きな奴だな』


 ぶっきらぼうな言葉。それとは似つかわしくない表情をアルベルトは無意識のうちに浮かべていた。

 不器用な、それでいてどこか困っている笑顔のアルベルト。

 周囲に圧を与える笑いではなく、心の底から込み上げたようなほころんだ顔をしていた。


『もう、忘れた。だからお前も忘れろって言え、メルウ』

『かしこまりました。サリー令嬢(あちら)にはすでに謝意を伝えておりましたし、こちらも丸く収まっていいのではないでしょうか』

『ふん、それはお前が勝手にやったことだろ』

『……形式上は、でしょう?』

『うるさい! なにニヤニヤしているんだお前!』


 猫のようにシャーッと威嚇をするアルベルトの姿に、セルイラと対面するユージーンは小さく吹き出した。


「相変わらず、素直じゃないな」


 わざわざ人間の言葉で呟いたユージーン。どういうことかとセルイラが小首をかしげれば、彼は言った。


「こんな風に面と向かった誠意に慣れていないんだ、アルベルトは。だから戸惑ってるんだと思うよ。可愛いやつめ」

「慣れていない、ですか」

「副官殿はお目付け役でもあるし、ある意味では親代わりと言ってもいい。けれどそこには主従としての繋がりがある。それは切っても切れない関係だ」


 そこで一息つくようにユージーンは紅茶をこくりと飲み込む。

 カップに口をつけたまま、伏せ目がちにアメリアに視線を向けた。


「……話を聞いた限り、アルベルトが馬鹿をやってアメリアちゃんが怒ったってところでしょ。そうやって叱られること自体、アルベルトにはあまり無い経験だから。こう、なんかキタんじゃないかなっ、こう、心のあたりに!」

「そうですか……」


 両手を胸に当て、まるで乙女のようなふざけた仕草をするユージーンに、鈍い反応をセルイラは返した。

 アメリアが聞いているというのに、なんともお気楽なことだが、アメリア本人はあまり意味を理解していなかったようで、こわごわとアルベルトを見つめていた。


「……。セルイラちゃん。君はアルベルトのことになると、身を乗り出す勢いで耳を傾けるね」

「っ! いえ、そんなこと」


 ユージーンにじっくりと観察され、セルイラは居心地が悪くなり、少し冷めてしまった紅茶のカップを手に取った。


『おい、ユージーン。さっきからなにを言ってるんだ』


 ぎろりと睨まれたユージーンは、肩を竦めて首を振った。


『いいや、なにも。今日は珍しいものが見れたなと』

『おい、何の話だ』

『いやー、きっかけってどこに転がっているのか分からないものだな。そうだ、アルベルト。あとで舟遊びにアメリアちゃんを誘ってみたらどうだ?』

『なんでだよ』

『なんでって、せっかく蟠りも無くなったようなんだ。この際楽しく交流したって問題ないじゃないか。アルベルトの花嫁候補の一人なんだし。何ら不思議じゃないだろ』


 ゆったりと楽しげな笑みを浮かべたユージーンも、気づいたのだろう。

 アルベルトがアメリアを気にし始めているということを。それがどんな感情であれ、アルベルトにとっての転機だと彼は密かに考えていた。



 ◆



 無事に茶会という名の交流が終わり、部屋に戻るとアオがセルイラたちを出迎えた。


「チチチッ」

「あれ、アオ! やっぱり、あれは見間違いだったのかしら」


 だが、外のバルコニーへと続く扉は開いていた。それはちょうどアオの体が通り抜けられるほどの隙間である。


『おかしいですね。確認したはずなのですが』


 そう言いながらニケはバルコニーの扉に鍵を掛けた。

 もし、中庭で見かけた鳥がアオだったとして、こうして部屋に戻ってこれるのなら自由にさせてあげたほうが良いのかもしれない。

 いつまでも室内に閉じ込めてしまうのは、セルイラとしても心苦しかった。


(それにしても、今日は疲れた。ユージーン様も癖の強い人だったし)


 茶会の疲れが後からどっとこみ上げてきて、セルイラは寝台に倒れ込みそうになるが、そこを耐えて明日以降の予定を述べるニケに耳を傾けた。


『明後日、舞踏場で夜会がおこなわれます。その際の衣装はすべて城内でご用意しておりますので、明日は細かな寸法の確認をいたします』


 夜会は云わば花嫁候補の令嬢たちのお披露目である。アルベルトの気まぐれで始まったことだとしても、王子の花嫁になる可能性がある人間の娘たちを気にしている者は沢山いた。

 故に見物目的でアルベルト(王子)主催の舞踏会に参加する魔族は後を絶たない。そうでなくてもアルベルトは日頃夜会を開く頻度が高いため、今回もいつもの参加者が訪れるのではとニケは予想していた。


(つまり、見世物みたいなものね)


 あまり気分の良い話ではないが、花嫁候補として召喚されたからには従わなければならない。

 当日、何事もないことを祈ることだけが、セルイラに用意された手段であった。


 ──夜。茶会での気疲れもあってか、アメリアの寝台からは規則正しい寝息が就寝後すぐに聞こえてきた。

 あと数分もすれば、セルイラもぐっすりと深い眠りに入ることができる。

 うとうとしながら瞼を下ろしかけた、その時。


「……あ!」


 あることを思い出し、寝台から跳ねるように飛び起きたセルイラの声が響いた。

 起こしてしまったかとアメリアのほうを確認するが、先ほどと同様の静かな息づかいが聞こえるだけだった。


(良かった、起こさなくて)


 体重を足先にうまく乗せ、音を立てないようにセルイラが向かったのは、自分の数少ない私物が置かれた化粧台。

 薄暗闇の中でセルイラは視線を張り巡らせるが、目当てのものはなかった。


(やっぱり……ない。そうよね、ここに置いた覚えがないもの)


 必死になってセルイラが探していたのは、妹のチェルシーから貰ったお守りである。

 セルイラのためにと魔界へ召喚される日、神殿に入る前の別れ際に渡してくれた大切なもの。面積の小さな布に水神の象徴とされている模様を縫い込んで、セルイラに贈ってくれたのだ。


(無くさないように、ハンカチに包んで……そうだ、ハンカチ!)


 急いでセルイラは今日懐に忍ばせていたハンカチを取り出した。綺麗に折り畳まれたハンカチを広げてみるが、どこにもお守りはない。


(そうだ……茶会のときアルベルトに貸そうとして、でもけっきょくは突き返されて……)


 もしかして、そのとき地面に落ちてしまったのだろうか。

 部屋の中には見当たらない。移動範囲で考えたら城の廊下も該当するが、ハンカチを取り出したのは中庭だけである。知らず知らずのうちに落ちたのなら中庭が一番可能性としては高かった。


(お守りを渡してくれたときのチェルシー、目の下に隈があった。わたしを案じて徹夜で作ってくれていたのに)


 明日の朝、ニケに頼んで探しに行かせてもらうことも出来るだろう。探し物をするならば太陽が昇ってからのほうが見つけやすい。


(……でも)


 そうだと分かっていても、落ち着かなかった。


(場所は遠くないし、少しだけ確認するぐらいなら)


 居ても立ってもいられず、セルイラは薄い羽織りを肩に掛けた。

 この時間帯ならば外を出歩いている城の使用人はまずいないだろう。

 兵士も棟に繋がる入口前には待機しているが、中庭にまではいなかったと記憶している。


 それに茶会が催された中庭は、花嫁候補たちが許された行動の範囲内にあった。もし誰かに見つかったとしても部屋に返されるだけの話だ。


(灯りは……このランプで大丈夫そうね)


 そうして寝台の横に置かれた灯火を片手に、セルイラは中庭へと向かった。




ありがとうございました\( ¨̮ )/

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― 新着の感想 ―
[一言] おー中庭で何が起こるのでしょう…次回楽しみです!
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