27 茶会の席にて
ブクマ、評価、感想、そして誤字脱字報告、いつもありがとうございます!!
空は晴天、気温もほどよく良好。室外で過ごすにはお誂え向きの日和であった。
(ほかの人たちは揃っているようね)
花嫁候補として人間の女性を召喚したからには、最低限の習わしをするべきという意見が予想に反して多く臣下から挙がり、こうしてセルイラとアメリアは茶会が開催される中庭へと訪れていた。
アオは連れてくるわけにはいかなかったので留守番をさせている。
ここまで案内をしてくれたニケは、二人から距離をとりつつ後ろに控えている。
他の令嬢たちの担当であるメイドも同じような位置から待機していた。
「アメリア、大丈夫?」
「はい。それにしても、綺麗な庭園ですね。あの花はなんでしょうか? 初めて見ます」
「珍しい色合いの花ね」
視線をあっちこっちと動かすアメリアの様子にセルイラはとりあえず一安心する。
(怖がってはいないみたいだけど)
それよりも魔界にしか咲いていない植物にアメリアは気を取られているようだった。
初日に他のメイドから危害を加えられそうになったアメリアだが、多少は環境に慣れ始めたのかもしれない。
茶会用にテーブルセットが幾つも設置されている。案内された令嬢たちは思い思いに腰を下ろしているが、向けられた目線はアメリアと同じように咲き誇る花々を映していた。
本当に見事な花園である。室内にこもりっぱなしの彼女たちにとっては癒される景色であった。
「……あの」
主役のアルベルトは未だにおらず、しばしの間アメリアと共に庭を眺めていれば、後ろから声がかかる。
振り向くと、そこには自信なさげに顔を俯かせたサリー令嬢の姿があった。
「サリー様、ご機嫌よう」
隣で表情を固くさせたアメリアに代わり、まずセルイラが挨拶をする。
サリー令嬢はぎこちなく会釈をするものの、意識はアメリアに向けられていた。
(話したいことがあるようだけど……わたし、邪魔じゃない?)
もうサリー令嬢からは、夕餉の間のときのような危うさを感じない。
憑き物が取れたように落ち着いている。
一時退散しようかとセルイラは様子を窺うが、その場を離れるよりも早くサリー令嬢は固く結んでいた口を開いた。
「アメリア様、先日は、申し訳ございませんでした」
「……え? あ、あの」
すっと頭を下げたサリー令嬢にド肝を抜かれたアメリアは、おろおろとしている。
密かにサリー令嬢が何をするのか盗み見ていた周囲の令嬢たちも、まさか高慢ちきな彼女が謝罪するとは思わなかったのだろう。息を呑んで見守っている。
「メルウという魔族にも言われました……アメリア様に感謝するようにと。それがなくとも……あの時、本当はとても恐ろしくて、アメリア様が助けてくれたことに安堵しておりましたの。でも、わたくしは社交の場で、よくアメリア様を話題に笑いの種にしていました」
「ええ、それは存じていましたけど……」
「だから、自分が、情けなくなってしまいました。体よく繋がりを保っていた、友人と思っていた方たちよりも、アメリア様が庇ってくれて……それでわたくし、恥ずかしくなって」
「そう、ですか……」
サリー令嬢があまりにも頼りなさげに手探り状態で話しているからだろうか。
腰が引けていたはずのアメリアは、しっかりとうなずき返して耳を傾けていた。
「こんな場所で申し上げることではないのかもしれませんけれど、これまでの無礼を……どうかお許しください。そして、本当に、ありがとうございました」
「……サリー様」
必死に言い募るサリー令嬢を前に返事を溜めていたアメリアだったが、どこか吹っ切れたように口元に笑み作った。
「わたくしはただ、体が勝手に動いただけですから、お礼は必要ありません。謝罪、受け取りました。わたくしが世間知らずの娘であることは否定しません。直に危害を加えられたこともなかったので、ここで水に流しましょう?」
「……アメリア、さま」
――水に流しましょう。
水神の加護を賜るとされるオーパルディアの民にとって、これほど最上の許しの言葉はない。
なによりも彼女の性格をかねてから知る令嬢たちの前で頭を下げる行為こそが、サリー令嬢にとって最大の戒めだ。
そう思ったアメリアは、それ以上の追求を要することはしなかった。
「感謝致します……アメリア様。セルイラ様も、申し訳ありませんでした」
アメリアと同じようにネタにしていたセルイラにもサリー令嬢は謝罪を述べる。
とはいえ年頃の女性特有にある世間話には清々しいほどに何処吹く風であったセルイラは、そのことを全く気にしていなかった。
そしてサリー令嬢が去って行くと、アメリアはぽつりと呟いた。
「わたくし、そこまで謝意を述べられることをしたのでしょうか。考え無しに王子様を叩いてしまったのに」
「ある意味、予想外の方向に転がっているかもしれないからかなぁ……」
「へ? 今なんと?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも、夕餉の間でのことは本当に不問になったようだし、これで安心ね」
「はい。ただわたくし、どんな顔をしてアルベルトの前に出れば良いのか……。お詫びを申し上げなければいけないとは思うのです。わたくしも暴力を振るってしまったのですから……うう、殿方を叩くなんて、あれが初めてで……」
ぱっと顔を明るくさせたと思いきや、分かりやすく悩ませたりと、ころころと百面相させるアメリアを横目に見て、彼女がどれほど真っ直ぐに育てられてきたのかが手に取るように分かった。
(アルベルトは、なにかを感じたのかしら)
洗練された美しい立ち姿や、優美で上品な振る舞いの中にも、アメリアには周囲に埋もれることのない存在感がある。
華奢で少し幼さのある顔立ちをしているが、アルベルトの前に飛び出したときのアメリアは、熱く燃える灯火のように力強い毅然とした女性であった。
その揺るぎない芯のある姿に、アルベルトは惹かれたのかもしれない。
アメリアにはそれだけの魅力が備わっているとセルイラは感じた。
(舞踏場でも容姿を見ただけで心を奪われる男性も多くいたのだから、可能性としてなくはない……のかな)
ただ、当の本人は照れ隠しなのか顎をそびやかし誤魔化していたので真意は謎のままである。
「……あ!」
不意にアメリアが小さく声を出した。
どうしたのかと聞く前に、アメリアはそっとセルイラの影に半分身を隠してしまう。
(ああ……来たのね)
ようやく主役のお出ましだ。隣にはメルウ。そして数人の魔族の貴公子を連れてやって来たのは、主催のアルベルトだった。
遠慮があった他の令嬢たちに会話が生まれ始めたのは、アルベルトの背後にいる魔族の青年たちが揃いも揃って美丈夫であるからだろうか。
密かに弾んだ声音をこぼす令嬢たちに、魔族の青年たちはニコニコと穏やかな笑みをたたえて軽く片手を振っていた。
『あの方々はアルベルト様のご友人です。アルベルト様おひとりでは場の空気が詰まるということで、乗り気であった彼らを茶会にお呼びしたのです。彼らは種族関係なく女性に好意的ですので、ご安心くださいませ』
耳打ちするニケに、もう一度セルイラはアルベルトを含めた青年たちに視線を送る。
(アルベルトったら、ちゃんと友達がいたのね……)
まじまじとアルベルトの友人たちを見ていれば、再びニケの声が後ろから届く。
『ちなみに……只今アルベルト様の左隣におられる方は、上流階級の家柄のご子息、ユージーン様です。アルベルト様と一番親しいご友人は、あの方でございます』
肩より長めの薄いオリーブ色の髪をシンプルな髪留めで結った青年は、遠目からでも品良く見える。垂れた目尻が笑うとさらに深くなり、どこかお気楽さを滲ませ隣にいるアルベルトに軽口を叩いているようだった。
(アルベルトはムスッとしているけど、確かに仲は良さそう。アルベルトの肩を肘置きにしているぐらいだし)
ぼんやりと面々を観察していれば、メルウが彼らの説明を掻い摘んでおこない、その後に主役に代わって茶会のはじまりを告げた。
ニケの言う通り魔族の青年たちは人懐っこい様子で令嬢たちの傍に寄っていた。
カタコトではあるが人の言葉を話せる者も数人いるようで、思ったよりも時間は穏やかに進んでいる。
(でも……あくまでアルベルトの花嫁候補なのに、これでいいのかしら)
そう疑問に思うもののアルベルト一人で三十人の令嬢たちを相手にするなど無理があった。
中庭に配置しているメイドや使用人たちも気にした素振りはない。ただ自分たちの仕事を全うしているのみだ。
「セ、セルイラ……あの、申し上げにくいのですが、少しだけ席を外しても構いませんでしょうか……」
地味にセルイラの体を壁にしていたアメリアがもじもじとしながら言った。
『ニケ』
アメリアの動きで察したセルイラは、小声ですかさずニケをこちらに呼び寄せる。
『はい。なんでしょうか』
『アメリアを御手洗へお願いできる? わたしはこの辺の椅子に座っているから』
『かしこまりました』
緊張からか、それとも朝にティータイムを長めにとっていたからか、アメリアは催した様子だった。
「アメリア、大丈夫よ。ニケに頼んだから」
「ありがとうございます……」
王子が主催の茶会とはいえ、さすがに花を摘みに行った女性を咎めはしないだろう。
セルイラは建物の中へと戻って行くアメリアとニケを見送りながら、それを伝えるべきかと離れた場所にいるメルウを見やった。
(メルウさん、忙しそうね。今は話しかけられそうにないし、頃合いを見計らって──)
その最中、ピタリとセルイラの目がある一方に向けられた。
茶会を開催している囲われた中庭の外、剪定された木々の隙間から、見覚えのある青色がセルイラの視界に入ったのである。
(え、アオ……!?)
とはいえ一瞬だった。青色の毛並みの鳥は極めて珍しい種類だがあれがアオとは限らない。
(……だ、だけど)
もしアオだったとしたら、普通の小鳥が魔界に放たれてしまうのは心配だった。
あれだけセルイラに懐いていたのだ。見過ごすことなど出来なかった。
(少しだけ、ちょっと奥に行くだけだから……!)
周りの目を確かめ、茶会の中心から遠のいた場所にいた自分に誰も意識を向けていないことを確認する。
そうしてセルイラは、中庭を離れて木々の間をすり抜けると青い鳥の後を追って走った。
『──あの女、何しているんだ?』
ありがとうございました!




