22 信じざるを得ないです。
ちょっと短めですが、よろしくお願いします。
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動揺の色を浮かべたニケに椅子に座るよう促すが、それどころではないのかニケは立ち竦んでいた。
『おやおや、行動がお早いですね』
まるで頭の中から発せられたような声音に、セルイラは身体をビクリと震わせた。
(この声は、メルウさん?)
一体どこから聞こえてくるのかと左右に目を向ける。すると、セルイラから向かって右側、人一人分を空けてニケの左隣の空間が歪み始めた。
もやもやと揺れ動く景色を凝視していれば、空中に灯火が出現し、灰色の炎の中からメルウが現れた。
『おはようございます。セルイラ様』
笑みをたたえるメルウは、唇に人差し指を当て、声を沈めるようにセルイラとニケに促す。
何をするかと思いきや、メルウはアメリアが眠る寝台に近づき手をかざすと、魔法をかけ始めた。
『念のため、音を遮断する魔法をかけさせていただきました。彼女の意識が戻れば解けるようになっていますので、ご安心ください』
『メルウ様。ご説明願います』
無の一言に尽きる表情だったニケが、しかめっ面をメルウに向ける。
『そう怒らないでください、ニケ。驚かれたでしょうが、彼女にはセラ様だった頃の記憶があります』
『あなた様がそんなくだらないご冗談を申される方だったとは驚きです』
冷ややかな瞳は、到底信じてくれたとは思えない。だが、メルウには余裕すらあるように見えた。
『セルイラ様。ニケを見て、どう思いましたか?』
『……えっ?』
突拍子もなくメルウに尋ねられ、セルイラは何事かと彼を見返す。考えがあるのか、メルウは涼しげな面持ちを崩すことなくいる。
『覚えている範囲で構いません。私も、確認を込めてお聞き致しますので』
なにを始めるのかと構えていれば、メルウがセルイラに尋ね始めたのは、200年前に幼かったニケと過ごした中で起こった日常話であった。
『あなたはどういった経緯で、200年前にニケと知り合いましたか?』
『え、ええと……あの頃わたしは、まだ魔界語を理解出来なかったから、人間の言葉を話せるナディ……ナディエーナが侍女としてお世話してくれていたの』
『それで?』
『それで、ニケはナディの一人娘で、勤務中にそばに居る許可を貰っていたから、わたしがあてがわれた部屋にもよく顔を出していたわ』
聞かれたことに答えながら、セルイラの頭の中にもだんだんと懐かしい思い出が鮮明に思い起こされていく。
初めは人見知りを発揮していたニケだったが、数週間もしないでセルイラにべったりと懐くようになった。
(ああ、そういえば……)
あることを思い出したセルイラは、思わず口の中の奥歯を噛んで笑いを堪える。
『どうかしましたか?』
それを指摘されたセルイラは、なんでもないと首を振ったが微笑ましいエピソードだったこともあり、気が緩んでつい口を開いていた。
『いつだったかな。ニケがまだ一緒にいたいって言ってくれて、わたしの部屋に一晩泊まったことがあったのだけれど』
その話をした途端、ニケの反応があきらかに変わった。
今まで良くて歪めるだけだった顔に、わかりやすい驚愕が混じり始めたのだ。
『慣れない寝台で緊張していたのね。朝起きたら敷き布に大きなおねしょがあって……それがまるで魔界の地図みたいな形をしていて──』
『そ、その話はやめてください!』
今更ながらその時のことを思い出して懐かしさに浸っていれば、体を震わせたニケから待ったの声がかけられた。
『な、な、なぜ……その事を』
羞恥から滲んだ汗と、林檎のように赤くなった顔には、可愛らしい少女の見た目に相応しい反応である。
動揺の末に言葉を詰まらせるニケに、メルウは繊細さに欠ける一言を放った。
『ニケ。子どもの頃の話ではありませんか。寝小便など恥ずかしがることはありませんよ』
『寝小便と言わないでください!』
すかさずメルウの言葉を遮ったニケは、うっすらと膜の張った瞳でセルイラを射抜いた。
『ご、ごめんね、ニケ。とても可愛い話だったから、つい口を滑らせてしまったの。あのことは、わたしとナディと、あなたの三人だけの秘密だったのだけれど……』
『セラ様の部屋で起こったことは、すべて私に筒抜けでしたよ。当然のことです。魔王様もご存知でしたよ』
『……魔王、様にまで』
打ちひしがれているニケにそっと近づいたセルイラは、その横顔を覗き込んで優しくなだめる。
『大丈夫よ、ニケ。他の人には絶対に知られていないから。メルウさんも、寝小便なんて言い方をしないで。ニケは女の子なんだから』
『失礼致しました』
悪びれる様子もなく頭を下げるメルウにため息を吐きながら、セルイラはニケの様子を窺った。
『ニケ?』
『──です』
『え?』
小声で聞き取れなかった。そんなセルイラに、ニケは恨めしそうな顔を向けて言った。
『ひどいです、セラ様』
『そ、それは本当にごめんなさい! それより、え、ニケ……わたしのこと、信じてくれるの?』
『──』
驚きながら確認するセルイラに、さらに声を縮めてニケがなにかを言っている。
セルイラの耳に届くことのなかった声は、離れた位置にいたメルウには聞こえていたようで、また余計な一言を落とした。
『たしかに、形が魔界の地図というのは、初耳でしたねぇ』
魔族の耳は、人間よりも優れている。
ニケはそんなメルウを見据え、頬を染めながら静かに睨んでいた。
200年の月日で、ニケは変わってしまったのだとセルイラは思っていた。
けれど、そうではなかった。
(ニケ、あの頃と一緒だわ。照れると顔が凄く真っ赤になるの)
そんな些細なことが、セルイラには嬉しくて仕方がなかった。
ありがとうございました!




