21 こちら側
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アメリアのことを気にかけた様子のアルベルトに、セルイラは順を追って内容を振り返っていた。
(……叩かれたのがきっかけ? まさか……これは、どんな顔をしたらいいの)
アルベルトとアメリアの接点といえばひとつしかない。そのせいでアメリアは今も牢に入っているのだから。
思わず口に両手を添えてため息を吐いたセルイラは、どうなっているのかとメルウに目で訴えた。
しかしこれにはメルウも予想外だったようで、ふるふると小さく首を横に振っている。
「──っ。なにがどうしてそうなったの〜っ……」
言うつもりなどなかった。自分の今の立場を考えれば黙って事の成り行きを見守るほうが得策である。
しかしどうしてもその疑問を無視することができなかったセルイラは、思い悩むように独り言ちた。
人間の言葉が分からないアルベルトでも雰囲気から察したのだろう。牢の中で息を漏らすセルイラに食ってかかった。
『おい、なんだお前。言いたいことがあるなら魔界語で話せ』
(変なところで勘がいい子なんだから……)
首をあげてアルベルトを見つめる。口をムッとさせたアルベルトは、どういうわけこんな状況でも可愛く見えてくる。
夕餉の間であれだけ傍若無人な空気を放っていたはずのアルベルトと本当に同じ人なのかと疑ってしまうほどに。
(態度は相変わらずだけど、夕餉の間のときより……落ち着いて見える気がするわ。なぜだろう)
これなら幾分、話が通じる気がした。
『……アメリアのこと、好きなの?』
つい、ド直球に尋ねたセルイラ。すぐにやってしまったと考え直す。
反応がないと思った直後、アルベルトからは嵐のように言葉が降ってきたからだ。
『はぁ? ……はああああ!? あぁ!? なに寝ぼけたことを言ってるんだお前は! 頭沸いてんじゃんないのか色ぼけ女め! どうして女ってやつはすぐに惚れた腫れたの話をしたがるのか全く理解できねぇ!! 俺が、いつ、アメメメアメリアを好きだって……!?』
盛大に舌を噛んだ様子が痛々しくて見ていられない。
(花嫁候補をあれだけ召喚しておいて、色ぼけ女とは言ってくれるわね)
ガシャンガシャンと鉄格子を握った両の手を激しく動かすアルベルトを遠目で確認する。
アルベルトの行動の方が牢に入れられた囚人の動きそのものであった。
(……でも、さすがに『好き』は直結しすぎたかな。あきらかに気になってはいるみたいだけど)
どうしても認めたくないのか、アルベルトはいまだに鉄格子に張り付いて抗議していた。
『……お詫びするわ。変な勘ぐりをして、ごめんなさい』
『…………っ! いきなり何だよ。べ、べつに俺はそこまで腹を立ててたわけじゃ、ない』
『そう……それはそれで情緒不安定ね。心配になるわ』
『ああ! なんで心配されないといけないんだ! いい加減にしろよお前!』
『……』
花嫁候補の人間と王子ということも忘れ、言い合いをする二人の様子をメルウは制止することもなく、ただ気を取られてしまった。
それはどこか懐かしむように、目の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じながら、彼はようやく咳払いをして口を開く。
『お二人共、少しお静かに願います』
『メルウ、この変な女の好き勝手に言わせてたまるか!』
『そう言いながらも楽しそうだったではありませんか。そんなことよりも──』
『そ、そんなことだと……』
絶句するアルベルトは肩を落としてしまった。
(ご、ごめんなさいメルウさん……)
セルイラも内心で彼に頭をさげる。
内密だと釘を刺されたばかりであるのに、あろうことかセルイラとしてアルベルトと軽い口論をしてしまった。
それでも夢にも思わなかったことが、こうして叶っている。ほんの少しセルイラは宙に浮いたような心地になっていた。
『──ということです。一晩こちらで過ごしていただき、通常通りに部屋へ戻れます』
「……え?」
半分以上、話を聞いていなかったセルイラは、メルウの発言にしばしばと睫毛を上下に動かす。
仕方なさげに笑ったメルウと、不服そうに腕を組んだアルベルトが、セルイラを見下ろしていた。
◆
夕餉の間の出来事を知る使用人たち全員にはあらかじめ口止めをしたと、メルウはセルイラに伝えた。
それはつまり、夕餉の間の始終をすべてなかったことにすると言うことだ。
幸いにも夕餉がおこなわれた場所は、アルベルトの管理下にある東の棟で、運良く城中には騒ぎも伝わっていなかった。
口止めは『真名』を介しておこなったようで、おそらく他に話が漏れることはないのだろう。
セルイラとしては願ったり叶ったりだが、なぜそのような処置をとったのか気になるところである。
牢の中にいるセルイラに説明をする最中にもメルウの隣にいたアルベルトがその事に関して文句を言うこともなく、ただ黙って聞いていただけ。
サリー令嬢に腹を立てていたのではなかったのか?
次から次へと増えていく謎にセルイラは奇妙な違和感に包まれていた。
他言無用にはなったものの、体面を保つ目的としてセルイラを含めアメリアとサリー令嬢は牢の中で夜を過ごし、朝方になり振り分けられた専用の部屋へと戻ることとなった。
「……セラ! 良かった、無事だったのですねっ」
部屋に戻ると、アメリアが抱きつく勢いでセルイラに駆け寄ってきた。
痛々しい疲労が見て取れるアメリアを前に、無言のままセルイラは優しく彼女を抱き締める。
「アメリーも、何も無くて良かった。一晩、不安だったでしょう?」
細い肩をぽんぽんと労わるように叩くと、アメリアは我慢しきれなかったのか、咽び泣く声が聞こえてきた。
「ごめ、なさい。わたくし、あんなことするつもり、なかったのに……どうしても、アルベルトのすることを黙って見ていられなくてっ」
「……うん。びっくりしたね。アメリー、凄かったわ。とても強かった」
「でも、どうしましょう。メルウという魔族の方は、これ以上罪に問わないと言っていましたが、本当にそうなのか、怖くて……っ」
「そう、だよね」
腑に落ちない点は多いものの、不敬罪が取り消されたのは本当である。
それでも事態の収拾をうまく飲み込めてないアメリアにとっては不安で仕方がないだろう。
「すみません、セラ。もう、少しだけ、このままでもいいでしょうか?」
「ええ、大丈夫」
ついには声をあげて泣き出したアメリアに、セルイラは気が済むまで自分の肩を貸していた。
(……サリー様には、精神安定の魔法をかけてくれるとメルウさんが言っていたけど、大丈夫かな)
彼がセルイラに言ったことは、おそらく嘘ではない。けれど隠していることはまだ多くある。そんな印象だった。
「ふう……」
慣れない場所で溜まった緊張と、泣き疲れたことで子供のように眠りについたアメリアを、どうにかこうにか彼女のベッドまで運ぶ。
寝苦しくならないように軽く着用していたドレスを楽にさせ、そっと毛布を掛けたタイミングで扉から声が聞こえてきた。
『失礼します。ニケでございます』
昨日と変わらない無表情のままニケが言った。
セルイラが魔界語を話せると知っているからか、話し方に躊躇がない。
『お二人が部屋に戻られたと聞きましたので、こちらをご用意致しました』
キャスター付きの配膳台を押して入ってきたニケは、ベッドでアメリアが睡眠を取っていることを察すると、物音一つ立てずに無駄のない動きで準備を始める。
『本日はメルウ様より、こちらで朝食を召し上がる許可が出ております。アメリア様はお休み中のようですが、ご一緒のほうがよろしいですか?』
『……いえ。少し、あなたと話がしたいの』
『いかがなさいましたか?』
セルイラはアメリアが横になるベッドの仕切りのカーテンをゆっくり閉じると、佇んだままのニケに手招きをした。
『実は昨日、メルウさんに去り際に言われたの。──ニケは、こちら側だって』
『──』
『わたしは、まだその意味が分かっていないのだけど。メルウさんがそんなことを言ってきたということは、きっとニケにわたしのことを話しても問題ないと思ったの。それに、わたしもあなたとは、話したかったから』
『……一体、何を言っているんですか』
表情に変化が表れ始めたニケに、セルイラは窓際に用意されたテーブルに近づき椅子を引いた。
ここに座るようにと、ニケに促す。
『ニケ。お母さんは──ナディは、元気? あの頃はあなたにもナディにも本当に励まされたわ。お花の冠は、憶えてる?』
ありがとうございました!
楽しんでいただけたら良いのですが……\( ¨̮ )/




