10 ひみつの愛称
「あの、セルイラ様……大丈夫ですか?」
与えられた部屋で悶々としていたセルイラは、心配そうに声をかけてきたアメリアに顔を向けた。
「申し訳ございません、アメリア様。アメリア様の前でベッドに横になるなんて」
二人一部屋で案内されたセルイラの同室の相手は、なんとアメリア公爵令嬢だった。
身分の高い人間がいるにも関わらず、ベッドの枕を抱いて思い悩んでいたセルイラは、慌てて背筋を正してアメリアの前に控える。
「そんな、かしこまらないで。ここでは国での身分なんてあってないようなものです。今まであまり交流はありませんでしたが、こうして同室になりました。わたくしのことは、どうぞアメリアとお呼びになってください」
にこりと笑うアメリアは、そっとセルイラの手を取った。
「神殿でセルイラ様が隣にいてくれて、本当に心強かったです。きっと、これも何かの縁です」
公爵家の人間であるにも関わらず、アメリアはセルイラに平等に接しようとしていた。
驕った様子もなく、アメリアは本心でそう言っているのだ。
「わかりました、アメリア」
頷いたセルイラに、アメリアはまだ不服そうにする。
「だめ。敬語もいらないです」
「では、まずはアメリアから敬語を外してください」
「わたくしのは、癖のようなものですから。気にしないでください」
どうやら彼女は引く気がないようで、セルイラをじっと見つめていた。セルイラが折れるまでこの眼差しは注がれ続けるのだろう。
意外にも頑固なアメリアに、ふっと笑ったセルイラは、希望の通りに従うことにした。
「わかったわ、アメリア」
「ふふ、ありがとうございます。そうだ! 名前も愛称で呼び合いましょう? 社交界の場では、お友達同士が愛称で呼び合うことが流行っていると聞きましたっ」
確かに、それは事実である。
家同士の仲の良さを周りにアピールするという隠れた理由もあるのだが、アメリアは純粋に「仲良しなお友達」の印として呼ばれるものだと認識していた。
だが、立場の問題もあり、アメリアは気心知れた仲の友人は今までいなかったらしい。
アメリアは、セルイラと歳近い十七歳だが、社交界デビューを果たしたのは去年のことである。
それまでも、過保護過ぎる公爵家の人間に育てられていたアメリアは、なかなか親しい友人を作れずにいた。
「わたくし、家族にはアメリーと呼ばれていたんです。けれど、ここにはもう、そう呼んでくれる人がいません。なので……呼んでくれたら、嬉しいです」
「そんなに心配そうな顔をしないで。アメリーって、とっても可愛い愛称ね」
「……! ありがとうございます」
セルイラにそう呼ばれ、アメリーの表情が明るくなった。
けれど、そこには少しだけ寂しさも混じったように思える。
愛称で呼び会える友達ができて嬉しい反面、自分を大切にしていた家族のことを思い出してしまったのだ。
「……魔界へ行くこと、家族も、使用人の方々も、とても悲しんでいました。お兄さまも、すごく反対して……」
「そう……わたしの妹も、泣いて引き止めてくれたわ」
「あ、セルイラには妹君がいらっしゃいましたね。社交界でご挨拶したことがあります。とてもお可愛らしい方でした」
「ええ、自慢の妹よ」
「ふふ、そのようですね。……あの、セルイラ。わたくしたちは、これからどうなるのでしょうか」
連れてこられた令嬢の誰もが気になっていたこと。
下手すれば食べられるとさえ思っていた者もいたというのに、魔族の対応は予想外のもので、アメリアは混乱していた。
「まだ、安心はできないけれど。花嫁候補として魔界に連れてこられたんだもの。命を奪われる可能性は低いはずよ」
「花嫁候補……あの、アルベルトという名前の魔族が、花嫁を望んでいるのですよね?」
令嬢たちに魔界語が伝わらないと分かると、アルベルトは面倒と言いながらも、副官であるメルウに通訳を命令していた。
アルベルトが魔王の息子であること、そして彼が令嬢たちを魔界へ連れてきた張本人だということは、すでにアメリアも認知のことだった。
「まだ、国に帰れる可能性はあるかもしれないわ。前向きに考えましょう、アメリー」
「……はい、そうですよね。ずっと絶望していても悪いことを考えてしまいます! 前を向かなければいけませんね。やっぱり、セルイラが一緒にいてくれて本当に良かったです」
「わたしもよ。なんだかアメリーといると、妹を思い出して心が落ち着くの。って、さすがに妹は失礼だったかな……」
訂正しようとしたセルイラだが、アメリアはぶんぶんと首を振る。
そして、ふにゃりとセルイラを見あげて照れた顔を見せた。
「嬉しいです。実は、わたくしもそう思っていたところでした。お姉様みたいって……」
「そっか、良かったわ」
頬を赤くしたアメリアは、花が咲くように口元を綻ばせると、そういえばとセルイラに尋ねてきた。
「セルイラの愛称はあるのですか? ぜひ、わたくしも呼びたいです」
「わたしの愛称? そうね、みんなセルイラと呼んでいたけれど」
セルイラは、少しだけ目をそらす。
「セルイラ……セル、セルラ……セーラ……ううん、なんだかしっくりきません」
「無理に考えなくてもいいのよ。わたしはそのままの名前でも、」
悩み始めたアメリアに、セルイラがそう声をかけるが、被さるようにアメリアの声が響いた。
「──セラ! セラというのはいかがですかっ?」
その名に、セルイラの胸が激しく鳴った。自分でも気づかないうちに、手に力がこもる。
いい愛称を思いついたと、自信満々に見つめるアメリアに、セルイラは思わずたじろぐ。
「……あの、気に入りませんでしたか? すみません、こうして愛称を決めるのは、初めてだったので……」
「そ、そんなことない! その、愛称はわたしも初めてだったの。新鮮で驚いただけで」
わかりやすく声のトーンが下がったアメリアに、慌ててセルイラは言葉をかける。
アメリアを見ていると、チェルシーを思い出してしまう。できることならセルイラは、彼女に悲しい顔をさせたくはなかった。
「あのね、アメリー。愛称を考えてくれてありがとう。けれど、そう呼ぶのは二人きりのときだけでもいい?」
「二人だけの時ですか?」
「ええ、あまり魔族たちには心を許したところを見せたくはないし、隙も見せたくない。それに、ほかのご令嬢の目もあるから……一応、ね?」
理由のすべてはセルイラのこじつけである。
けれど、人前で「セラ」と呼ばれることは、避けたかった。
気づかれるからだとか、なにか勘づかれるかだとか、そういった思いから提案したのではない。
ただ単に、これはセルイラの心の問題である。
「……えっと、やっぱり変よね。二人だけのときだけというのは。秘密の愛称なんて」
「二人きりのとき……秘密の愛称……」
「アメリー?」
「わかりました! では、二人だけのときに呼び合いましょう! なんだか、特別な気がして素敵ですっ」
アメリアにとって、愛称を呼び会える友達も、愛称を決めることも、愛称を呼んでもらえることも初めてだった。
その特別感に惹かれていたアメリアは、セルイラの意見を聞き入れた。
公衆の面前で気を許してしまうのは、確かに魔界では危険なのかもしれない。
セルイラの言葉を、アメリアは疑わなかった。
「……ありがとう、アメリー」
──これも、何かの因果なのだろうか。セルイラはなんとも言えない心地に襲われる。
「いいえ。これからよろしくお願いします、セラ」
複雑な心境のまま、セルイラは頼りにしてくれる新しい友達、アメリアに笑いかけた。
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