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海の旨味がぎゅっと詰まった貝のオイルパスタ



ブラウステルの迷宮中域の中でも人間族や獣人族では探索が難しいと言われるのが「ウォルテの岩場」と呼ばれる地帯である。


水の魔素を豊富に湛えた岩礁地帯。迷宮でも稀少な、魔素を含んだ水棲生物の宝庫である。

ウォルテの岩場の浅い部分は、人間族でも探索に問題ないが、ここの攻略メインになるのは海中である。

専用の魔道具で呼吸の問題はなくなるが、深く潜るには訓練も必要になる。更に水中のモンスターに対応するのに人間では難しいのだ。素早い動きが水中では難しく、魔道具を壊されたら溺れる事が恐怖に繋がる。

そんな理由から、この地帯の攻略は人魚族の独壇場と言っても差し支えない。




「やばいな、壊れたかも」

リアナは岩場に工具を広げて唸り声を上げていた。

迷宮中域のウォルテの岩場。広がる岩礁地帯と、目の前に広がる海。リアナはそれらに目もくれず、手にした魔道具からそっと魔石を取り外す。

水中探索用の魔道具は、口にくわえて呼吸と水中での会話を可能にするパーツと、耳に装着して水中での会話を聞き取るパーツをセットで使用する。

更に足にも水中移動用に、足ヒレのような魔道具を着けるのだが、今回調子が悪いのがこの足ヒレの魔道具である。

リアナは足のパーツを一部分解して様子を見ている。

「ねぇ、リアナならパパッと直せるんじゃないの?魔道具屋付きの冒険者なんだから。」

今回一緒に探索している人魚のリーナが海から顔を出し、耳のヒレを整えながら言う。

「いや、私魔道具職人ではないからさぁ……うーん、普通の冒険者よりは内部の仕組みとか……詳しいけど、あれ?……うぅん?ん?」

リアナが首を何度も傾げながらパーツを一つづつ確かめている。リーナは小さくため息を吐くと、岩場に上がって腰にパレオを巻いた後、人魚の姿から下半身を人間同様の二本足に変化させる。

「人間てほんと不便ね。そんなにも頑張らないと水の中にいられないなんて」

リーナはするりとリアナの隣に座ると、海水に濡れた艶やかな濃紺の髪をそっと絞って水気を切る。

人魚の髪は海に濡れてもパサパサにならないので、おそらく人間の髪とは成分が異なるのだろう。

「うん……あ、ここかぁ〜。わかったよリーナ。ここの魔石が外れかかってたせいで、魔素の誘導がうまくいってなかったんだ!これなら私でも直せそう!」

嬉しそうに笑いながらパーツを組み合わせるリアナに、リーナが肩を竦める。

「なら良かったわ。島までかかるし、さっさと行きましょ。」

「うん、よろしくお願いします。」




海中での立ち回りは自由に動ける人魚が前衛で、他の種族が後衛になり魔法を使う場合がほとんどである。そういう理由から、地上で前衛を主とする肉体派の冒険者はほぼ海中探索には参加しない。効率も良くないし、欲しい素材があれば他の冒険者に素材を交換して貰う方が合理的だ。

『リアナ、シーラビットが一匹いるわ。サポートして。』

シーラビットは中型の魔獣で、聴力は退化しているが大きな耳で海中を自在に泳ぐ魔物だ。主に小さな魚を食べているが、攻撃性は非常に高い。

『了解、リーナ。』

二人は一瞬視線を交わし、リーナが素早くシーラビットの元に接近する。

相手が二人に気がつき、慌てて体勢を整えようとする前にリーナが鉾を突き刺す。急所に刺さったようで二度ほど大きく震えた後、シーラビットは動かなくなった。

『さすがリーナ。私のサポートなんか必要なかったね』

リアナがそう伝えると、リーナは鉾をくるりと回し微笑んだ。

『私にかかればこの程度はすぐよ。さ、あと少しよ。早く島に向かいましょ』

その後は害意のある魔物に遭遇することもなく、二人は小さな島にたどり着く。

リアナは水中用のゴーグルを外して目を瞬かせた後に、魔道具を一つずつ外していく。

「着いたねー。とりあえず小休憩しよっか」

「そうね。……私も貝漁りしてみようかしら」

リーナが変化させた足で濡れた砂浜を歩きながらぽそりと呟いた一言に、リアナが目を見開く。

「えっ、珍しいよね?コツコツした地味作業大嫌いなのに。どしたの」

「なんかなんとなく、今日はいっぱい獲れそうな気がするのよね。でも、ちょっと掘って全然獲れなかったらムカつくからすぐやめるわよ」

「いいよいいよ。一緒にやるの楽しそうだし嬉しい」

二人は休憩も程々に、すぐに熊手を使い砂浜を掘り始める。リーナの予感通り、すぐに黒ずんだ二枚貝がいくつも顔を出した。二人は手際よく貝を袋に入れていきながら会話する。

「ねぇこれなんで月見貝って言うの?見た目全然月じゃないじゃない」

リーナがじっと月見貝を眺めて言う。

「なんか、貝殻の内側が月の光みたいに綺麗な色だからだって」

「はっはーん?なんか迷宮の生物につけるには詩的過ぎる表現ねぇ」

「しかも結構美味しいらしいんだよねー」

「……リアナほんと食い道楽よね」

「ちょっと失礼なんですけど。今回は月見貝の貝殻が必要でわざわざここまで来たんだから!」

「でも食べるんでしょ?」

「……。」

月見貝は面白い程大量に獲れた。




「リ……ナ」

探索を終え、ギルド内で声をかけられたリアナとリーナは同時に振り返る。

「ねぇ今リアナ?リーナ?どっちだった?」

リアナがぱちぱちと目を瞬かせる。リーナは不快そうに眉を寄せる。

「大事なとこ聞こえなかったもんわかんないわよ。リアナあんた名前改名しなさいよ」

「え〜?そもそも名前がきっかけで仲良くなったようなもんだし嫌だよ。」

「私、別にリアナと仲良くなんてしてないもの。人魚は他の種族と仲良くなったりしないわ」

リーナはツンとそっぽを向く。美しい容貌を持つものが多い人魚族の例に漏れず、リーナも美しい容姿を持つ。スッと彼方を見遣るだけで絵になるようで、リアナは思わず見惚れた。

「リーナはほんと綺麗だよねぇ。」

「ちょっとあんた私の話聞いてたの?」

「聞いてたよ!エルフも人魚も、綺麗な容姿の種族はツンツンしてるなーって。」

ニコニコしながらリアナが言うと、金の髪をなびかせながら部下を従えてミスラがやってくる。儚げで美しいその容貌に、ただ歩いているだけでも周囲の職員や冒険者の目が集まる。

「リーナ、リアナ、私はハーフエルフだが、エルフは人魚族程閉鎖的ではない。」

「久々に会って早々いきなり言うことがそれなわけ?」

濃紺の髪をさらりとかき上げながら、リーナがミスラを睨む。

「全然顔を出さないんだ。私がここから動けんのはわかってるだろう。会いにも来なければ恨み言の一つや二つ言いたくなるさ。こっちが呼んでも無視するしな。」

「人魚族で集中してウォルテの岩場攻略してたのよ。一旦キリもついたからしばらくみんな自由行動なの」

「ああ、水中洞窟の件は聞いている。それで久々にリアナの採取に付き合っていた訳か」

「魔道具製作の素材で足らないものがあって、【宵の灯屋】からギルドに依頼出す程でもないからリーナに報酬出して付き合ってもらったんだよね。」

「なら、もうリアナの要件は済んだな?リーナにはその水中洞窟の件で聞きたい事があるんだ」

ハーフエルフと人魚、毛色の違う美女二人に注目が集まっているのを肌で感じ、居心地悪い思いをしていたリアナはさっさと退散する事を選んだ。

「私は今から【宵の灯屋】に戻るから、二人はごゆっくりどうぞ。」

リアナは二人に別れを告げ、日が傾き始める前にギルドを後にした。




リアナが【宵の灯屋】の真鍮製のドアノブをゆっくりと引く。

魔道具製作の店だけあり、中に入ると迷宮とまではいかないが魔素が濃く漂っている。

どっしりした大きな木製のカウンターの向こう側で、眠そうな顔をしたサーシャが目を瞬かせる。

「おかえり。獲れた?」

よく似た色彩の髪と目を持つ妹に、リアナはコクリと頷いた。

「なんかわかんないけどめちゃくちゃ大漁」

「そうなの?現物もってないみたいだけど」

不思議そうにするサーシャにリアナがニヤリと笑う。

「ギルド行く前に自宅に全部置いてきた。」

「そっか。みんな試作に使うのにまだ急いでないって言ってた。来週までにストックできるほどあればしばらく誰も文句言わないでしょ」

それを聞いて、リアナは嬉しくなる。サーシャは宵の灯屋では主に職人の補助と店番を担当している。魔道具職人達が必要なのは貝の殻だ。月見貝の中身の方をリアナが夕食にしたって問題ない。

「よし、家に帰って晩御飯の用意するわ。テオとオーナーには帰ったって伝えといて」

サーシャがニヤリと笑う。先程のリアナとよく似た表情だ。

「じゃあ晩御飯期待しとく」




「よし!砂抜きできてる。いい感じ〜」

リアナは塩水につけていた月見貝をザルごと取り出して水を捨てる。

そのまま貝はボウルに入れて、調理台の端に置く。

大鍋にたっぷり水を入れかまどに置く。そしてかまどに種火の魔法が刻まれた魔石を入れ、大鍋の湯沸かしを始める。火力を一定にする為に彫られたかまどの陣をなぞったので、火の面倒は見なくて済む。

一般家庭にはまだ普及していない便利さを極限まで追求したキッチンに、リアナはふと今日リーナに呆れ顔で『食い道楽』と言われたのを思い出す。

「……いや、気にしない!にんにく多めに入れよっと」

明日は休息日で、一度も家から出ない予定だ。

リアナはにんにくを籠から取り出しペリペリと皮を剥き始める。この小さなにんにくの皮むきは調理工程の中でも結構好きな作業だ。ちまちま剥いていく。

いくつか剥いたにんにくを包丁でグッと潰す。キッチンににんにくの香りが一気に広がる。空腹のリアナは口をへの字に曲げる。そのままにんにくをみじん切りに刻んだ。

「あ〜!お腹すいてきたぁ」

沸いた大鍋に一掴み塩を入れて適当にかき混ぜた後、二人分より少し多めに乾麺を鍋に投入した。

麺を茹で上げザルにあける。窓の外を見ると、綺麗な夕焼けだ。そろそろサーシャが帰ってくる。

手際よくフライパンで刻んだにんにくとオリーブオイルを温め、月見貝と酒を入れて蓋をする。と、すぐにフライパンがガンガンと音を立て始めた。

「えぇ?!え、あ、ああ?」

とっさに蓋を押さえつけるとかなりの抵抗を感じる。

「なになに!?あ、迷宮の貝ってこんななの?わああぁ」

リアナは動揺しつつも、両手に魔素を集中させる。火力を一気に蓋はしっかり右手で押さえたまま、左手をかまどの陣にあてる。

「……っ陣に集い燃え盛り敵を倒せ!」

リアナの言葉に魔素がかまどに集まり一気に燃え盛る。

数秒でフライパンの中から叩くような音は消え、同時にかまどの火も落ちついた。リアナは半泣きでそっと蓋から手を離す。

「いやめっちゃこわいー……びっくりしたぁー、やだーもぉお」

「ちょっと何してんの」

いつのまにか帰宅していたサーシャが呆れた目でリアナを見ていた。

「貝があんな抵抗してくるとか知らないー!!怖かった!」

リアナがサーシャに抱きつく。

「いや迷宮の生き物だし魔素蓄えまくってんだから油断しないで。もはや事件。」

サーシャが蓋を開けると貝のとにんにくのいい匂いが湯気とともに上る。月見貝が全て口を開いているのを確認したサーシャは、リアナの手に菜箸を握らせかまどの前に立たせた。

「お腹減ったから早く作って。私着替えたい。」

棚から刻んだ鷹の爪を出してリアナの手に握らせると、そのまま自室に向かって歩いて行った。

「いやもー、ほんと怖かったんだもん」

リアナは誰に言うでもなく呟いた後、大きく息を吸って吐き出すと改めて調理にとりかかる。

月見貝に火が通り過ぎないよう一旦貝を皿に出す。そうしてバターと鷹の爪、麺の茹で汁をフライパンに投入し、しっかりと混ぜ合わせた。一呼吸後に茹でた麺をフライパンに投入し、しっかりと絡めてから貝と一緒に皿に盛り付ける。

軒先でサーシャが育てているハーブを細かくちぎってかけたら完成だ。

「サーちゃーん!できたよー!」

「んー」

部屋着に着替えたサーシャが小走りでやってきて、二人は席に着いた。




「「いただきます。」」


にんにくと月見貝の香りが部屋に満ちる。


リアナはフォークを手に取る。

開いた月見貝を改めて眺めると、貝殻の内側は白に近い薄いクリーム色をしている。光の加減で虹のような光沢が煌めいた。

貝をそっと持ち上げ、口に含むとしっかりした食感と月見貝の旨味が広がる。海の塩の味の他に、甘みと微かに感じる苦味。噛むと、くにくにした独特の歯ごたえのある部分があって食感もいい。

フォークに麺も巻きつけて、口に運ぶ。貝の旨味が麺にしっかり絡んでいる。

「……美味しい。」

麦の甘みと、貝の旨味。にんにくの食欲をそそるいい匂い。

「迷宮の生き物だけどそんな魔素感じないね。」

サーシャがフォークに突き刺した月見貝を眺めながら不思議そうに呟いた。

「月見貝は魔素を貝殻の内側、キラキラした一番内側のところに貯めてるんだって。それですごく硬くなるらしいよ」

「あー、そんでその部分を素材にするんだね。」

「そうそう。いいなー、表面にこれ使ったらキラキラして絶対綺麗だよねー。サーちゃんこれで可愛い模様とか作ってよ」

どんな模様を作るかを話しながら、姉妹は楽しそうに夕食を食べる。

貝殻がランプの光を受けて不思議な色に輝いていた。






「「ごちそうさまでした」」





〜海の旨味がぎゅっと詰まった貝のオイルパスタ〜

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