第6話 謎のマントの者
諸事情のため編集しました。
星暦2019年、夏の65日、土の日、昼
クミル叔父さんが村を出て約3週間が経ち、俺の生活はまた平凡な日常に戻った。変わったことがあったとしたら、俺は毎日草原へ向かうようになった。流石にまだ子供とは言えあの体力の少なさはまずいと感じ、軽く散歩する程度で初めた。たまに走ったりもするが、体力がまだついていないためすぐにばてる。
そんな散歩していくと、唐突にあの日の事を思い出す。それは叔父さんがブラックウルフと戦ったあの日だ。当時叔父さんは悠然とブラックウルフの群れを倒したが、今考えるとブラックウルフが弱いのではなく叔父さんが強いのだと改めて分かる。
母さんの本で分かったが、ブラックウルフは冒険者からして単体でこそそれほど苦戦はしないが、群れに出くわすと例えパーティーで行ったとしても生存率はそれほど高くない。俺たちが出会った群れは5匹。一般的な群れと比べれば少ない方だが、それでも危険には変わりなかった。
そう考えると俺、運が良かったんだなぁ・・・。
ブラックウルフと会ったのは北東門から出て数時間歩くと見える森林。この村から近いわけでもないが決して遠いわけでもない。つまり何が言いたいかというと、俺はもしまた魔獣に出くわした時のために長時間走れる体力が欲しいのだ。俺には武器を使って戦う力もなければ魔法を発動する力もない。
ならば逃げの一択のみ。狼相手に逃げ切れる自信はないが、少なくとも村の門の近くまで行くと門番が助けてくれるので、そこまで走る体力は欲しい。仮もしに魔獣に捕まったら、間違いなく噛み殺される。
ゴクンッ
自分が無残に魔獣に食い殺される姿を想像した俺は、重く息を呑みおもむろに走った。俺がこの世界に転生した時、想像していた恐怖がまさにそれだったのだ。
せっかく生まれ変わったのにそんな死に方は・・・絶対にいやだ!
俺は必死になり草原を走りだした。
◇
30秒後
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
ヤバい、本当にこれはヤバい?!これが引きこもりの末路か・・・。
気づくと俺は息を荒立て仰向けになって倒れていた。改めて自分の限界に気づくと悲観したくなる。呼吸が整いしばらくその場で目をつむって休憩をした。ここは立ち入り禁止の魔物が出る森から離れている。
ここで休憩しても大丈夫だろう・・・。
「・・・アスタくん何しているの?」
「・・・ッ!?」
聞き覚えのある声が耳に入り、目を開けて体を起こし横を見ると、そこにはナエナちゃんがいた。唐突な登場もあって俺は片手を胸に当て、心臓の鼓動を落ち着かせた。
びっくりしたぁぁぁ!?しかもかなり顔が近い!落ち着けぇ、落ち着けぇ!
自分の好きな人と同じ容姿の子がこんなに近くにいるのだから、正直落ち着かせろという方が無理な話だ。少し間が開いてしまったが、俺はナエナちゃんに返答した。
「ちょ・・ちょっと走ったら疲れて・・・少し休んでいた。」
目線を合わせられずまたカタコトになった。せっかくあの日で少し直せたと思ったまたである。胸を落ち着かせ、今度は俺が聞き返した。
「な・・ナエナちゃんこそ・・・何でここに?」
本来ナエナちゃんがここにいるのはおかしい。彼女の夢は両親のように冒険者になること。そのため平日は家に先生を読んで学を学び、両親に剣や魔法の稽古をしてもらっている。光の日は休みになっていて、よく外で遊んでいる姿を目に入るが、それ以外の日は毎日まじめにやっている。
確か去年の・・・ナエナちゃんが6歳になった時に始まてたんだっけ?めげずに毎日頑張ってすごいと思う。
「えっ、アスタくんが見えたからついて来たの。」
聞きたかったことと少し違う。これはちゃんと質問の意図を伝えられていない俺が悪いな。
「えっと・・・今日土の日なのになんでナエナちゃんはここにいるの?・・・勉強は?」
「先生今日来ないよ。先生はお母さんに会いに、お母さんがいる町に行ったって。」
へぇー、あの人のお母さんペレーハ村にいないんだ。
俺もペレーハ村の住民だからナエナちゃんの先生の顔くらいは覚えているし、何回か挨拶したこともある。だけどそこまで深く関わっていなかったから、知らなくて当然。
「・・・じゃあ稽古は?剣や魔法の。」
「せっかくだから休みにしてもらった!パパもママも今日は良いって!」
なるほど、理解できた。それで遊びに出ようと外に出たら俺が見えたと。
「ねえねえ、せっかくだから一緒に遊ばない?」
ナエナちゃんは唐突に俺を誘った。草原で彼女との遊びと言えばあの訓練モドキのような遊びになるのだろう。正直嫌だが、断る勇気はない。たとえ相手が子供でも俺のわがままで嫌われたくない。
「・・・俺なんかでいいなら。」
「うん!遊ぼう!」
いい笑顔で返答してくれた。ナエナちゃんは俺の手をつかみ俺を起こした。子供とは言え異性と手をつなぐとやっぱり恥ずかしい。特にナエナちゃんだと。
「ねえねえ、何がしたい。」
「俺は・・・何でもいいよ。」
「う~~~ん、じゃあ村までかけっこしよう!」
よりにもよってまた走るのか。まあここで遊ぶより村周辺の方が安全だから良いか。だけどここからペレーハ村まで意外に距離がある。無意識にここまで歩いていたんだな。
「んじゃ行くよ!よ~~~い・・・。」
俺が村を見つめている間にナエナちゃんは隣で走り出す準備を始めた。多分またナエナちゃんが先で俺が後を追うような光景になるだろう。まああれから毎日外出しているから少しはついて行けるだろう。意外に乗り気になった俺は走る構えになった。
・・・ん?あれ、なかなか始まらない・・・どうしたんだ?
俺が走る構えになってもいっこうに掛け声を言わない。溜めにしては長いし。気になってナエナちゃんを見ると、彼女は村の逆方向を見ていた。
「・・・アスタくん、あれ誰だろう?」
そう言いながらナエナちゃんは指をさす。俺も振り向き彼女の指した方向を見てみると、なんとここから離れた場所に長いマントを着ている者が歩み寄っていた。フードを深く被っているせいで顔がよく見えなかった。
人・・・いや、ありえない!?
ペレーハ村はウエスト大陸の最端の村。この村より西側に行くと凶暴な動物、そして魔獣も少なからず住んでいる森があり、さらに進むと崖になっている。そして崖の下は海になっており、隣の大陸に行くにはとてもじゃないが泳いではいけない。だから向こう側から人がやってくるのはありえない。
一体誰なんだ・・・!?とにかく速くナエナちゃんと逃げて村の人たちに伝えないと・・・。
「ナ、ナエナちゃん・・・に、逃げ・・・。」
「お~~~い!こ~~~んに~~~ちわ~~~!!!」
ナエナちゃんは小声の俺の声をかき消すくらいの大声でマントの者に声をかけた。しまいには手を振って俺たちの場所を教えている。マントの者は俺たちの存在に気づき、明らかにこっちを見ていた。俺は戸惑いどうすればいいか分からなかった。
何やってるの!?ヤ、ヤバい!!
「アスタくん、あの人の所に行ってみよ!」
警戒心を全く持たないナエナちゃんはマントの者へ近付こうと走り出した。彼女はあれが人だと思い込んでいるようだ。
「待ってッ!!」
性格に合わず大声で言ってしまった。流石のナエナちゃんでも驚いたのか、呆然とした表情で俺の方を振り向いた。
「あの人・・・怪しい。」
「えっ、なんで?」
「だって、向こう側から人・・・絶対に来ない。だからあれは、絶対に怪しい。・・・逃げよう!」
マントの者から十分に距離があるとはいえ、俺は恐れている。何故向こうから来たのか、何故魔獣がいる森で無傷で出てこれたのか、何故全身を隠すほどのマントを着ているのか。マントの者はここから見てもその背丈は大人の大きさだと十分に分かる。もしあれに追われたら、子供の俺たちじゃあすぐに追いつかれるだろう。だけど村の周辺なら住民たちがおり、俺たちを助けてくれるはず。今からでもまだ何とかなる、早く逃げようとナエナちゃんに進言する。しかし、展開は俺の予想を大きく超えた。
「ふぉっふぉっふぉ。いきなり人を怪しい呼ばわりとは、失礼じゃないかのう?」
「・・・えっ?」
思考を巡らせて俺の脳が、突如として背後から聞こえたこれで真っ白になった。全く聞き覚えのない声。いや、それ以前に俺の後方には誰一人いなかったはず。
額から冷汗を流し、恐る恐るゆっくり振り返ると、先ほどのマントの者が立っていた。
何でここにッ!?魔法?!スキル?!
理由はどうであろうと関係ない。今、感じているのは、迫ってきた恐怖。膝が徐々に笑い出し、無意識にその場に倒れて座り込んだ。
「ふぉっふぉっふぉ。大丈夫か少年?」
不気味に笑いながらマントの者俺に右手を伸ばした。そしてその動作によってマントの隙間から腰にある剣が見えた。俺は絶望し考えるのをやめて全てを諦めた。
終わった・・・。俺の第二の人生。
「アスタくんをいじめないで!!」
そう頭の中で過った瞬間、ナエナちゃんは倒れた俺をかばおうとマントの者の前に移動する。両手を伸ばし俺の盾になっていた。勇敢な彼女は俺がいじめられていると思い、マントの者に強く睨みつける。
「な・・・あ・・・う・・・!」
ダメだ、怖くて声が出ない!?情けない!何で俺はこんなに惨めなんだ!ナエナちゃんまだ子供なのに、まだろくに魔法が使えないはずなのに、なんで男の俺よりもこんなに勇敢なんだ・・・俺は・・・。
彼女に助けられているこの状況にひどく悲観した。いまだに足が立たず、ただナエナちゃんの背中を見つめていた。
「ふぉっふぉっふぉ。安心せいお嬢ちゃん。わしは怪しい者でもなきゃ、いじめもせん。」
そう言いとマントの者はフードを外して、自分の顔を俺たちにさらした。その者の顔は、獣の耳を持った獣人族の女性だった。一人称で“わし”と言っているが、その容姿は十分な若者顔であった。女の人はナエナちゃんの頭を撫で、道を譲ってもらい俺にまた手を伸ばした。
「ほれ、立てるか?」
どうやら俺を起こすために手を差し伸べていたようだ。俺は女の人を疑いながらもその手につかまり立ち上がった。心なしかさっきの恐怖が薄れてきた。
全部俺の勘違い・・・。本当はこの人・・・良い人だった・・・。
「・・・あ・・・ありがとう・・・ございます。」
「いえいえ。」
俺は頭を下げて、起こしてくれたお礼を言った。顔を上げると女の人は笑っていた。自分に対し怪しい呼ばわりした子供に対し、笑ってくれた。
「あの・・・。」
「ん、なんじゃ?」
「えっと・・・もしかして、獣人族ですか!」
女の人の後ろにいるナエナちゃんが何か物言いそうにしていた。彼女も気になっていたようだ。女の人は獣の耳を持っているが、それ以外はパッと見は人族とさほど変わらなかった。
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃ、わしは獣人族のロップ!占い師をやっているんじゃ!」
女の人は自己紹介をしてくれた。彼女は獣人族のロップさん、占い師であった。
不自然な点があれば、是非ご指摘してください。