謎の男、謎の女、そして謎の世界。
「ここは・・・?」
気がつくとモノクロ調に整えられた部屋の隅に置かれたやや小さめのベッドに横たわっていた。
体を起こそうと使い慣れていない腹筋に力を入れてみる。しかし動かない。
「怪我の後遺症みたいなもんか?」
ぼんやりとした頭でそう結論付けながら胸までかけられた真っ白な掛け布団を下ろそうとする。
ピクリとも動かない。
「頭の中に誰かいやがるのか?うるっさくて眠れねぇよ。」
頭を手で抑えながら挙げられる荒々しいその声は、生まれてこの方聞き続けた自分自身の声だった。
「古臭いビルの裏でヤンキーに殴られる映像を見させられた後、今度は頭の中で自動ナレーション。いいもんだなこりゃあ。」
声の主人は気だるそうに声をあげ布団に手を伸ばす。
適度に筋肉のついた右手をベッドにたて、ゆっくりと立ち上がる。
寝起きの運動と言わんばかりに首を鳴らしながら回し、反対の壁際に置かれた黒一色の本棚、その隣の白と黒が半分ずつを占める独特なデスク、ベッドから数メートル先に佇む薄型のテレビ・・・だろうか?それらを一つ一つ吟味するように見渡した後、
「って、どこだここ!?」
と素っ頓狂な声を挙げていた。
* * * * * *
「まぁ、疑問はいろいろあるが、まずあんただ。声の主さんよ、あんた誰。人の頭ん中でガンガン騒がれても困るだが。あれか?政府がまたとんでもグッズ作ったとかか?」
勘弁してくれと言わんばかりに頭を抱える。先ほどまでの刺々しさは無く、ただ子供のように不思議を理解しようとする無邪気ささえ感じる。
「正直、俺にもわからない。校舎裏で殴られて気がついたら、こうなっていた。」
正体不明の相手に現状を伝えることに不安もあるが、状況さえさっぱりわからない。唯一の手掛かりに縋るのは自然な帰着だった。
「ぶっはははははは。なんだお前、あれか?あのおっそいパンチ食らってた張本人かよ。変なもん見せられてへそ曲げるとこだったが、こりゃおもしれぇや。なぁどんな気分なんだよ。」
腹を抱えて笑う男に逆にこちらから殺意を覚える。感覚はないが、おそらく俺の体は拳を握りしめ歯ぎしりさせている頃だろうか。
「こちとら、研究に勤しんでたもんでな。俺は運動してなかったんだから仕方ないだろ。そもそも、喧嘩なんて何年ぶりだと思ってんだ。今時、お互い怪我して不幸になるような喧嘩やんねーの。」
ぶっきらぼうに言ってみせた。これ以上笑われたらどうにかしてこいつの鼻っ柱をへし折ってやるという目標に言って指針が揺れ動きそうだ。
「いや、すまんすまん。まあ、相手は一方的に殴ってて不幸になりそうになかったことは置いといてやろう。お前んとこは平和なんだな。あの馬鹿もそこまで見境なしってわけじゃないわけだな。」
急に機嫌が良くなったのか男はベッドに腰をかけると体をを揺らしギシギシと音を立て始めた。
「それにしても、だ。オレは気絶する前何してたんだ?ココはどこだ?」
打って変わって体を静止させ、物思いに耽る。男のくせなのか視線を部屋の隅々に向けながら頭を高速に回転させているのだろうか。
先程は注目していなかった、机の上にある小さな写真立てに焦点を当てる。
そこに写っていたのは三人、60は過ぎたであろう老いた夫婦と誰かによく似た白髪の少女が頬を緩め、こちらに笑いかけている様に映った。
20cmほどの小さい写真たてを穴が空くほど見つめた男はボソッとこう呟いた。
「なんであの子の部屋にオレなんかが・・・。」
そっと写真立てを机の上に戻すと、すぐ様に立ち上がり部屋のドアへと向かう。10畳ほどの部屋である。ドアへはあっという間にたどり着いた。しかし、中々手をドアノブに回そうとはしなかった。
「さっき夜中に目が覚めて、初めてなもんだったから歩き回ったのがいけなかったんだ。月夜なんてあんまり見てないしなんてガラじゃなかったんだな。」
写真を除いて以来、落ち着きを無くし動揺を隠せない男は先程からボソボソと何かを呟き続けていた。
「早くしないと蓮が帰ってくるんじゃないのか?」
自然と溢れたその名前に自分自身驚きを隠せずにいると、突然ドアが開く。ドアノブは手前に引かれるタイプだったらしく黒く染まったそのドアと盛大に頭突きをかますこととなった。