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翼の折れたなんとやら

誰だ・・・?あの子は。俺は知らない。オレは知ってる・・・?背中の半分に届く長い月白色の髪を揺らしながら振り向く彼女はこちらを見て・・・







「痛っっ!」


「お前はワシの授業がそんなに嫌か?あ?お前はA組の生徒、現実の方が幸せなのが顕著。なのに夢に逃げるとは、そんなにワシの授業がいやかぁぁぁぁぁぁ!!」



痛みと大声にハッとして顔を上げると、落ち武者のような頭をした担任が、教科書を丸め筒状にして、剣豪のように振り回していた。


「オー、ジャパニーズ落ち武者!!!ハハハ」



「お前は何を言っとるんや。根っからの日本人の顔してからに。お前さんは飛行機嫌いで海外も行ったことないやろうが。遂に、わしの剣術はお前の脳細胞を壊してしもうとったか。」



先生とミニコントを繰り広げているうちに寝ぼけた頭もさえてくる。


はっきりとしていく現実と反対にぼやけていく夢の記憶。何かを見ていたよう気がするが頭の中に霧が出てきたかのようにおぼろげになる。



「だいたい、君らは昼寝などしたらいかんとあれほど言っとるじゃないか。中途半端に覚醒させられても(むこう)も困るやろうが。」


「俺、どれくらい寝てました?」


「知らんわ!ワシがずっとお前の顔見とるとでも思っとんか。気色悪いやろが。天童、浮世はいつから寝とったんや?」



「なんで私に聞くんですか、先生!」


隣の席に座る天童弥子(てんどうやこ)が顔を真っ赤にして怒鳴る。彼女は学年でもトップをひた走る天才で、取り憑かれたかのように薬の研究している。終いには特許申請取れるような薬を開発した。


「そうだよ先生。薬子(やくこ)は薬のことで頭いっぱい夢いっぱいでしょ。それに寝起きに大声きついっすわ。」


「誰が薬子よ!誰が!!!」



フーフーと唸り声を上げる弥子。目を釣り上げて睨みつけてくる彼女とは腐れ縁だった。それ以上でもそれ以下でもないのだが。


「まあいい。天童、後で浮世に眠気覚ましの薬でもあげなさい。それでも起きれんようなら後でワシが直々に叩き起こすとしよう。」


「ゲッ。毒薬子と先生の二択は罰が重すぎませんか?極刑に近いですよそれ。」


「誰が毒薬子だぁぁぁぁぁぁ。」




そんなこんなで二限が終わる。9時に仮眠室で目を覚ましてから急いで支度をし、10時からの一限に間に合わせ、その時走って疲れたからだろうか。人生初めての昼寝をしてしまった。疲れがたまり、冬の寒さに耐えてきた体に、暖房の効いた部屋はあの社長さえ惰眠をむさぼるだけになるのではないだろうか。いや、社長が寝ている姿を見たこともなく、平然と暖房を切り仕事を続けるような気もするが。




二限は12時に終わるためここで昼休みとなる。食堂に向かう者、弁当を広げる者、購買に目当てのパンを買いに走る者、様々な者がいる。


普段は教室で弁当を食べるのだが、仮眠室から直行したこともあり、持ち合わせがなかった。そもそも、あんなやり取りの後だと弥子に何を言われるかわからないため、そそくさと立ち去るしかないのだが。



混雑した購買でなんとかお気に入りのメロンパンをゲットし、学校特有の、外では見たことのないメーカーのコーヒー牛乳を購入する。甘ったるい昼食セットに「女々しいわね」と誰かに言われそうだなと笑う。その誰かさんに会わないように、教室から一番遠い階段を選び、屋上へ向かった。



あまり時間に余裕があるわけではないが、パン一つだし時間もそうはかかるまいと高をくくり、ゆっくりとした足運びで長い階段を上がるのだった。



* * * * * * * *


屋上の真新しい扉を開くと三月に相応しい冷たい風が体に吹き付ける。


家に帰ると邪魔だとばかりに投げ捨てていた学ランの裾を離してなるものかと強く握りしめる。


「寒すぎだな・・・流石にこの季節に屋上はまずったか・・・?」


小刻みに体を震わせ先ほどの眠気など吹き飛ばされ、教室に帰ろうとした瞬間、今にも飛び降りそうな少女が目に移る。



体が瞬時に動き出した。わずか数メートル先の光景に必死に手を伸ばす。

白髪の彼女はこちらに気がついたのだろう。はっとした後飛び降りようと下を向く。



間一髪。右手が彼女の服を掴み、自由落下を食い止める。


震える腕に喝を入れ、無理やり彼女の体を引き上げる。



「馬鹿なことしてんじゃねえよ!」



息を整えることもかなわず、自然と声が大きくなる。普段ならこんなに激情に駆られることもないはずなのに、見知らぬ少女にもかかわらず。



少女は肩を震わせながら俯いている。


自殺するまで追い込まれた彼女に追い打ちをかけてしまったか?少し罪悪感に駆られたが口は止まらない。


「死んだら何も残らない。無になるんだぞ。お前という存在が無くなる。それでいいのかよ!」


「・・・んで。」


「なんだよ。文句あるのかよ。」


「なんで屋上に来たのなんで今日に限ってくるの。なんで・・・死なせてくれないのよ。」



だんだん声は叫びに変わり最後は絶叫になっていた。小さく体を丸め顔を隠していたが、彼女は間違いなく涙を流していた。


彼女のほほをつたう大粒の涙を見て、かける言葉が見つからなかった。

考えてみれば、幸せなものばかりで構成されたAクラスにいたからか、不幸せなものと関わりを持つ機会が少なかった。


いやあえて見ないようにしていたのかもしれない。彼らは18歳になって高校を卒業した時、夢を選択して現実からいなくなるのだからと勝手に決めつけていたから。



「なぁ、なにがそこまでお前を追い詰めたんだ?」


少しでも彼女たちのことを知らなければならないと思った。

自分たちが作る世界は彼女たちを救うために存在しているのだから。


優しく肩に触れ揺さぶる。



「痛っ」


ほとんど力は入れていないはずなのに、彼女は触れられたあたりを強く押さえ痛みに耐えていた。


冷静になり、彼女の姿を観察する。考えてみれば違和感はあった。確かに三月とはいえ、ここまで地肌を露骨に隠しているのはおかしい。セーターの丈は明らかに腕より長く、手を隠し切っていた。



「私には帰る場所がないの。この世界のどこにも。お母さんと一緒に私の居場所もどこかに行っちゃったみたい。どうしたら、生きてていいって言ってもらえるのかな?わかんないよ。わかんない・・・。」



彼女の母親が他界してから、優しかった父親は一変し、彼女に暴力を振るうようになったのだという。

見るのもはばかるような傷跡が多く刻み込まれていた。



「いつもお父さんが言うの。お前は生きてちゃダメなんだ。お前が夢に行けるように、お前のためを思って殴ってやってるんだ。嬉しいだろ?って。確かにこちらが不幸になる程私は夢の世界を選びやすくなる。でも・・・。」



余りの事に息が詰まる。人の悪意が詰まった行動とはこう言うことを言うのだろうか。それとも、人間性が崩壊し、本人は本心で彼女のためにしているつもりなのだろうか。知る由もなく、また知りたくもなかった。



「そんな世界からいなくなる方法、それは死ぬしかないの。もう1日だって待てない。もう耐えられない。あと一年なんて・・・我慢できない。」



彼女はそう言うと、顔を上げ、何かを懇願するように目を覗き込んできた。

場違いにも、真っ白なその肌は芸術とまで言えるような美しさであり、涙で赤く染まったその瞳さえ綺麗だと思いどぎまぎしてしまった。

しかし、彼女が放った一言は心臓を握りつぶされたかのような気持ちにさせた。



「夢の私は幸せなのかな?こちらのわたしはこんなだけど、せめて向こうのわたしだけは生きていくことを認められているのかな?」



うなづくことも否定することもできなかった。彼女がそれを望んでるとはいえ、肯定することは実質的に余命一年を告げるように思え、死の宣告をする気分になるからだ。

しかし否定もまたできない。それは彼女の唯一の希望を打ち砕く事になるから。



結局何も発することが言えず、彼女と入れ替わり、下を向くこととなった。

夢の世界と密接に関わっておきながら、彼女たちのような最もあの世界に依存している人のことを考えていなかった。いや、意図して考えないように逃げていたのかもしれない。自分の甘さに嫌気がさした。



冬の寒さなど気にならないほど考えにふける。ない頭を振り絞ってようやく一つの結論に達する。簡単なことなのに、どれだけの時間を無駄に費やしたのだろう。



「そんな家出ちまえよ。生きてていいかなんて誰に決められるものでもねぇ。ましてや父親が勝手に決めていいことでもないんだぜ。生きたきゃ生きようぜ。好き勝手に自分勝手によ。」



「でも、私はどこにも行き場がないから。」



「俺が用意してやるさ。なんなら社長に土下座でもしてな。」



* * * * * *


入口に放り投げていた昼食セットを拾い、風よけとなる壁際へ移動し、自分の現状と、打墨社のことを打ち明ける。恐らく社長ならば頼みは受け入れてくれるだろう。

打墨社と言えば、なにか忘れてるような気もするが・・・



久永蓮(ひさながれん)。」


「ん?」


「私の名前。言ってなかったから。」



助けるだなんだと息巻いていたが、やはり、自分はハプニングには弱いらしく、一番大切なものを忘れていた。



「俺は浮世鈴悠っていうんだ。好きに呼んでくれていいぜ。」


少しだけ打ち解けられたような気がしてお互いに頬が緩む。彼女は落ち着いてみると本当に整った外見をしており、少し照れてしまう。


先ほどと同じ過ちは犯すまいと、彼女を知ろうと口を開きかけた時、



「なにデレデレしながら女の子口説いてんのよ、スケベはる。」



と、入口から不機嫌そうな声が聞こえてきた。

二人して振り向くと、さらに拍車がかかったように彼女の目は鋭くなり、怒っていますと瞳が語り掛けてきた。



女子と会話が苦手だとか、ピュアなわけでもなかったが、屋上で笑いあっている現状を見られ、なぜだか気恥ずかしくなった。



「んなわけあるか。薬の作りすぎで幻覚見えてんのかよ。薬子。」



「だ!か!ら!私は弥子。薬子じゃないってあんたのスカスカな頭にいい加減叩き込んでくれる!?」


照れ隠しもかねて、呆れたような口調でからかうと、弥子はいつも以上にムキになって言い返す。



「ふふふっ。」



振り向くと、彼女は口に手を当て、笑っていた。その笑顔はとても暖かく、先ほどまであれだけ不機嫌だった弥子も顔を見合わせ、釣られて三人で笑うのだった。



「それで、あんた達は屋上で昼寝でもしてたの?。蓮ちゃんの髪の後ろ段になってるわよ。せっかく綺麗なのに。」



褒められ慣れてないのだろうか、蓮は少し照れていた。

その褒められた月白色の髪を指で撫で、何かに思いをはせているようだった。




「それじゃ、はい。二人とも。一人一粒ずつね。」


唐突に弥子はスカートのポケットから小瓶を取り出し、二粒の薬を手に取り、こちらに差し出した。



「また毒薬か?」


「それはあんたの方だけよ。バーカ。」


そう言って弥子印の眠気覚ましのようだった。しかし、眠気覚ましを飲むと当然眠れなくなる。昼に仮眠をとるのはもちろん禁止されてはいるのだが、蓮を現実に縛り付けてしまうことにもなる。それがいいのかどうかわからず、錯乱し、二粒とも手に取ると、やや大き目なその薬を口に放り投げ、コーヒー牛乳で飲み干した。



「うえ、まっず!!!」


想像以上の味に嗚咽する。安っぽくただでさえおいしくないコーヒー牛乳と薬が混ざるとこれだけの兵器と化すのかと感心するほどだった。



「あんたなに一人で二粒飲んでんのよ!一粒って言ったでしょ。メロンパンだけでお腹空いてるのもわかるけど・・・。」


「ま、まぁ、2粒飲んだくらいじゃなんもないよな?というかなんで俺がメロンパンしか食ってないってわかったんだ?」


別に1粒余計に飲んだからって何か起こるわけはない。それよりも聞き捨てならない発言を問い詰める。


「!!な、なんでもいいでしょう。たまたま私も購買にパンを買いに行っただけよ!!そんなことより、2時間後くらいにおかしな感覚が来るわ。誰かに頭の中を覗かれているような奇妙な感覚。あれ気持ち悪くなるから気をつけなさい。」


口をへの字にして表現する弥子に笑いをこらえる。その本人はまじめなつもりなのだろうがそのまじめさとギャップでより変顔が際立つ。



「その変顔に免じて許してやろう。って・・・やけに具体的だし実体験っぽいな。お前まさか・・・。」



自分の顔が笑われていることに気が付いていなかったのか、顔を真っ赤にして涙目になりながらもボソボソ口を開いた。



「べ、別に私は眠くて眠くて仕方ない時に2粒飲んじゃったとかそんなことあるわけ・・・」


「あるのかよ。はぁー、お前頭いいのにどっか抜けてんだよなぁ。二時間後な。気をつけるわ。」


その程度で済むならいいか、と納得していると、ちょうど予鈴が鳴り出す。照れ隠しをするようにそそくさと教室へ戻る弥子を追って三人で屋上を後にするにだった。



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