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プロローグ

この章はあえて説明を少なめにしました。これから少しずつ、説明の文も増やし、この世界について知っていただけたらと思います。

更新が続くよう努力いたしますので、どうか末永くお付き合いください。

ピピピッ。



書類の山に埋もれた携帯が残りの活動時間が1時間を切ったことを教えてくれる。



午後8時、東京都の一等地に構えるオフィスの一室で、大量の書類と格闘していた。まだ17歳の彼が目を通している書類は、機密文書とまでは言えないが、ティーンエイジャーが当然目にするようなものでもなかった。



「ったく、完全に精神はあっち側にあるんだから、こっちの体が動くわけないっての・・・。」



内閣府に隣接する専門の施設からの報告はいつも彼の悩みの種のなるだが、この報告書はより一層、彼の気分を参らせた。



「完全睡眠状態にある青年25歳が強い怒りを示している模様。投薬、ヘッドギアどちらにも異常は見られず指示を仰ぐ・・・か。社長案件だな。」



現実を諦めたもの、新しい世界を望んだもの、彼らが現在夢の中で生活している。その世界を繋ぐヘッドギア(dream and reality connection 通称DRC)の開発を一手に受けているこの打墨(うつつみ)社に彼、浮世鈴悠(うきよすずはる)が勤務するようになり三年目になろうとしていた。


入社以来覚醒している時間の大半をこのオフィスで過ごしてきただけあり、多くの書類をさばいてきたが、このような報告は数えるのも億劫なくらい目にしてきた。



ただでさえ今は時間がない。

9時まで1時間を切ったばかりか、明日は成績発表の日。成績優秀者から外れてしまえば、特例勤務も終わる。中途半端な状態で終わらせるなどポリシーに反する。



それだけでなく、死んだ友人に合わせる顔がなくなるではないか。そう強迫観念のような気持ちでギリギリまで仕事に取り組むのだった。



「流石にそろそろ限界か?」



時計は8時半を指していた。毎学期末、社長のもとにあいさつに行くことにしていた。初勤務から一度も成績優秀者から外れたことはなく、今回も手応えとしては落ちるはずもないが、もうここまでくるとルーチンと化してすらいた。


席を立ち社長室までの長い廊下を小走りで進む。

いつもなら走ることなどないのだが、今日ばかりは仕方がない。

遅くまで仕事に勤しむ同僚の冷ややかな目が突き刺さり、心の中で頭を下げながら、できるだけ音の立てないように進むのだった。


「失礼します。」



二度ノック音が響き渡るのを聴き終えると同時に装飾華美なドアを押し開け、部屋に入る。

初めは友人の父としてではなく、大企業の社長として相対することに緊張し、この重い扉の前で無駄に時間を費やしたことを思い出す。


「君か。いつもいつも律儀なことだ。」


「いえ、学期末なので。お世話になっている身ですし当然です。」



180㎝を優に超えるという長身ながら細身な社長はいつもと変わらぬ仏頂面でこちらに一瞬顔を向けたが、直ぐに書類に目を向けた。


社長は元々優秀な研究者で、大学院在学中、人間の脳の解析に明け暮れ、機械で志向を読み解き、こちらの会話を脳に送り込むことで、植物状態などで意思疎通が困難になった人との会話を可能とした技術は当時大いに世界を沸かせたそうだ。


その技術をもとに現在の会社を立ち上げたと聞いているが、そこからどうして国家のプロジェクトを一任されたのか経緯は不明だった。



「今学期もありがとうございました。来学期も出来ればお世話になりたいと思っておりますので、その時はどうか。それに、一度で社長に会えましたし、俺の運も絶好調です。」


社長は部屋を空けることも多く、その時間帯は他の社員に聞いても何をしているのかわからないため、会えるかどうかは運任せだった。



軽口をたたいては見たが、死んだ親友、打墨憬(うつつみけい)の夢を叶えるためにはどうしてもここで働く必要がある。



「そうか。では、来季も引き続き頼む。」



今までの挨拶の時と一言一句違わぬ言葉だった。

まるで今季も優秀者であることを知っている様な口ぶりで、社長に一度で会えたことなんかよりずっと、自信を与えてくれるのだった。



* * * * * * * *


「それでは失礼します。」



ドアをそっと閉めようとした時、いつもなら何も言わぬ社長が口を開いた。


「時間には気をつけたまえ。君は突然の出来事には弱いようだから。」




時刻は8時45分。確かに、ハプニング一つで間に合わなくなる。マニュアル人間である以上予想外の展開には弱いのは確かだ。頭の中で今からやるべきことを反芻する。


「家には当然帰れないから、仮眠室・・・かな。」


いつもより一時間以上長く勤務したため、徒歩30分ほどの自宅まで帰るのは不可能だろう。会社で夜を明かすのはこれが初めてではなく、親も心配はしないだろう。自己完結しながら、仮眠室へ向かおうとした時、社長に渡し忘れた書類が机にあることを思い出す。


「やべっ、間に合うか・・・。」


行きより速い小走りに他の職員たちがみな振り返る。

ただでさえ、夜遅くまで仕事をしてイラついているのだ。何度もあたりではしゃがれていては仕事に支障をきたすだろう。

今度、何か差し入れを持ってくることを心に決める。


起きてから届けたとて社長は何も言うまいが、神経質な鈴悠は仕事を全うしなければ気が済まなかったのだ。


「やっとついた・・・,」


息を切らせながら部屋に入る。

元々運動が得意なわけではなかったが、ここ数年は特に勉強漬けの日々で、体力の低下は想像以上だった。周りに迷惑をかけるだけでなく、自分もこれだけつらいのだから、これからはもっと時間に余裕を持った生活をしようと、たった数百メートル駆けただけで誓うのだった。



彼にとっての長距離走を終え、息を整えながら顔を上げると、そこに一人の小柄な少女が立っていた。


「何勝手に見てる!」


彼女が手にしている書類は社長に届けるべきあの報告書だった。

報告書がどこの馬の骨とも分からない奴に自分の不手際で見られたのだ。整え切っていない息でのどに負荷をかけながら叫ぶ。


「えっ、私はここに来て仕事を手伝えと言われたのだけれど・・・」


覇気のない声で彼女は告げる。謝罪するかのように、彼女のツーサイドアップの髪型がうな垂れるように垂れ下がる。

当然、社内にいる以上、会社と無関係なものであるという事はあり得ないのだが、差し迫った時間が鈴悠の思考力を奪っていった。


「いいからその書類を貸してくれ。俺にはもう時間が、いや俺たちには時間がもうないだろ!」


「・・・?なんのこと?」


頭にはてなを浮かべ首を傾げる彼女は制服を身につけているし、どう見ても同年代か少し下。年上というのはあり得ないのだが、本当に知らないようだった。


「9時になったら脳のチップで意識が遮断されて夢の世界に強制的に転送されるだろ。だか・・ラ、あれ?」



目の前が歪む。あぁ、確かにハプニングには弱いらしい。彼女の名前も聞けないまま自分だけ倒れこむ。

彼女に抱きかかえられた時、既に意識はこちらの世界には存在しなかった。


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