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短編小説集

運がいい

作者: 大西洋子

 

 俺はイライラと腕組みしながら、根元まで吸い付くした煙草を地面に落とす。足元は、すでにいくつも吸殻が散らばっている。

 待ち人はまだ来ない。俺はポケットをまさぐり新たな煙草を求めたが、全て吸い付くした後だった。


 俺は舌打ちをし、辺りを見回した。俺の目は目当てのものを見つけ、少しばかり待ち合わせ場所を離れることにした。

 自販機に金を入れ煙草と釣りを取ろうとしたとき、硬貨を地面にばらまいてしまった。五百円玉が甲高い金属音を立ててはね、側にある小さな社の賽銭箱に吸い込まれるように入っていった。


「あっ!」

 ちくしょう。何故こんなところに、こんなものがあるんだ。今の俺には貴重な金なんだぞ。

 俺は今にも崩れそうな小さな社に、睨み毒づいた。


 と、その社から、半透明の古風めいた出で立ちの中年女性が現れた。

「まぁ、ほんに久しぶりの参詣者だこと。そのうえ寄与まで……」

 そういうとそれは、右手を何かを摘まむような形を作り、俺に向かってその指先を広げてみせた。


 ……何のつもりだ?

 問う間もなく、それは言葉を続ける。

「おやおや、どうやら、そなたの待ち人が来たようだね。

 ……さてと我はおいとましようかね」

 それは、そう言うと、一瞬のうちに姿がかき消えた。


 ……なんだったのだ、あれは?

 俺が呆然としている間に、やって来た男は俺がさっきまでいた待ち合わせ場所に立ち止まった。

 俺は慌てて、煙草と金をまとめてポケットに突っ込み、待ち合わせ場所に戻りながら、買ったばかりの煙草に火をつけながら歩く。

 やって来た男は煙草に火をつけようとしているが、うまくいかない。

 俺はライターの火を差しだし、男の煙草に火を着けた。

 相手が一口、二口吸い終えてから、あらかじめ打ち合わせていた言葉を発した。

「そうだ。エスピオン」

 男から合言葉が発せられ、俺はカバンから封筒を取り出し渡した。

 男は、すぐさま封筒の中を確認した。


 はじめは厳めしい顔つきをしていたが、読み進めている間に、男の唇があがった。どうやら、望みのモノだったようだ。

 

「契約成立だ」

 男は差し出した封筒をカバンにしまい、代わりに別の封筒を取り出し渡した。すぐさま俺は、受け取った封筒の中身を確認した。中には、思った以上の額が入っていた。


 それを見届けると、男は何事もなかったかのように、歩き去った。

 俺はその男が見えなくなると、手にいれた物を急いでカバンの中に押し込み、周りをちらりと見回し去った。


 思い通りに稼げず、悪態ばかりついていたのだが、ようやく、この俺にも運が向いてきた。まさか、偶然入手したあれが、あんな金額で売れるとは……


 もしかすると、あの小さな社から現れたあれは幸運の女神に違いない。俺は心底そう思った。


 それからというもの、俺は大きな勝負をする時は、あの社に必ず参り、願掛けをするようになった。


 ありがたいことに願掛けを行うと、ことごとく願い通りに事が進み、面白いほど簡単に大金を得ることができた。


 そうなると、欲はどんどん大きくなっていき、とうとうそれが世間に明るみになると、間違いなく罰せられる物すら、取り扱うようになった。


 だが、俺には幸運の女神がついている。

 女神よ、もっともっと俺にほほえんでくれ。

 

 ある日、秘密裏のメールが届いた。ちょうど求められている物が入手可能だったので、取引に応じると即座に返信した。


 待ち合わせは、あの社の前にした。


 俺は約束の時間ギリギリにあの社の前に行った。だが、待ち人はまだいなかった。


 いつしか俺の足元には吸殻が散乱し、イライラしながら待つ。待っている間に、煙草とホットコーヒーを購入した。


 ポケットの中の小銭をまさぐり、待ち人が早く現れないかと思いながら、社の賽銭箱に小銭を投げ入れた。


 そんな俺の背中から、聞き覚えのない男の声で、俺自身の名が告げられた。

 振り返ると、コートを着こんだ数人の男が道をふさいでいる。その男の一人が、手にした物を示した。


 ――どうやら俺の運、――それもとびきりの悪運――が尽きてしまったようだ。

 

 

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