第七十九話 shooting onion
チャッカマン向は先程道にぶちまけたアイテムの中からチャッカマンを選んで手に取った。そしてズボンの尻ポケットから厚手のゴム手袋を取り出し両手にはめた。
「へっへへお前らも燃えるんだからな」
「こいつ、顔がいってる!」そう、こしのりが言う通り向の顔はいってた。顔が「いってる」というのがどういう状況かお見せ出来ないのが残念だ。
向は片方のズボンに手を突っ込んだ。次に彼がズボンから手を取り出してその手を開いてみると、手のひらには小さく丸めた紙粘土の塊がたくさん乗っていた。
薄闇の中で、こしのりは向のズボンがベットリ濡れていることに気づいた。向は片手に持ったチャッカマンの先に小さな火を灯した。チャッカマンの火が向かう先は彼が先程取り出した小さな紙粘土の塊達であった。
「まさか!」こしのりは驚いて口にした。
「そうだ!そのまさかだ!ズボンのポケットに染みているこれはよく燃える油だ!気づくのが遅かったな、さぁ燃えるがいいぜ!」そう言った直後、向は大量の小さな丸い紙粘土をばら撒いた。しかし彼の手を離れた時、白い紙粘土の色は真っ赤に変わっていた。油が染みた紙粘土に火がついていた。
こしのりは想った。何だ小便じゃなかったのかと。油を小便だと想っていたこしのりは一瞬判断が遅れた。
「スミレ上だ!避けろ!」
「えっ!」スミレが見上げた空から赤い星が降り注いで来た。しかしスミレは普段から運動をしているし元々瞬発力が備わっているので降り注ぐ火の玉を次々と避けていく。
こしのりは何発か喰らっていた「うわ!あちちち!」
「まだまだあるぜ!」向は追加でたくさんばら撒いてきた。大量にまかれては避けきれない。こしのりとスミレの二人は、思わず道路の左右に分かれて飛んで火の玉を避けた。体勢を崩した二人が再び向に目を向けた時、向は通りの向こう側へと駆けて逃げていた。
「くそ!なかなかすばしっこい奴!だが逃がさん、スミレ!」こしのりはそれだけしか言わないが、スミレはこしのりの次の策が分かったので首を縦に振って答えた。二人は騒ぎの中で道に放り出してしまった玉葱をそれぞれ一つ掴んだ。そして二人同時に振りかぶった。
「いくぞ!」
「オッケーこしのり!」
そして二人同時に「そりゃ!」の掛け声をした瞬間、玉葱も同時に二人の手を離れて向目掛けて飛んでいった。しかし、玉葱の軌道をちゃんと追うと、こしのりの投げた方は近くの茂みの中へと沈んで行き、残るスミレの投げた玉葱は逃げる向の背中目掛けて真っ直ぐに飛んでいった。スミレはピッチャーである。球は速く、コースは正確だ。割りと足が速い向との距離をぐんぐん縮め、遂に玉葱は向の背骨の真ん中に見事ヒットした。
「うげぇ!」コレは痛い。叫び声を上げて向は道路に倒れた。
「まだだ!もう一丁だスミレ!」こしのりが声を上げる。スミレはこしのりと目を合わせて一回頷き、再び玉葱を手に取った。そして先程と同じくまた二人同時に向を狙って玉葱を投げた。しかし、今回もこしのりは向を狙っただけで、玉葱は軌道を大きく反れて飛び、しばらくして「パリン」と言う大きな音を立てた。どうやらご近所さんの家の窓ガラスを割ったらしい。コントロール抜群のスミレの投げた玉葱は真っ直ぐに向の下へと飛んでいく。まるで玉葱が向に吸い寄せられているようだ。
向は、丁度M字を描いて股を開いた格好で道路に尻を着き、両手を前にだして「ちょっとタンマタンマ!」と言っていた。しかしタンマにはもう遅い。玉葱は投げられた。スミレが投げた方は「キ~ン」と音を立てて無事狙った先に当たった。向は頭と背中をつけて道路に倒れていた。どうやら意識がない。スミレの投げた玉葱は男子のシンボルと弱点を兼ねる例の場所に直撃したのだった。
「やった!」スミレがガッツポーズで言う。こしのりは喜ぶスミレに目をやると「スミレ!服!」と叫んだ。
先程の火の玉の一つが当たったためにスミレの服の右肩の部分が燃えてた。
「きゃぁ!」スミレはビックリして叫んだ。
こしのりはスミレに燃え移った火を見て思わずスミレに向けて手を伸ばした。早く消さないとスミレが危ない。こしのりとスミレは、それ程幅広くない通りの両端に分かれて立っていた。二人の間は3mか4m程開いていた。その時、こしのりの伸ばした手のひらから突風が吹き荒れた。それは時間にして一秒か二秒程である。急に吹いて急に止んだ。突風に吹かれてスミレの服は臍が見えるまで肌けた。スカートを穿いていたら完全にめくれてパンツも見えたであろうが、生憎この時のスミレはジーパンを穿いていた。スミレのポニーテールも風に浮いて縛った先が真っ直ぐ天に向いていた。それも全て一瞬のこと、シャツもポニテも元通りになった。
「何!今の?」スミレの髪はすっかり乱れている。右肩の火は消えていた。
「はぁぁぁ……俺の手から……あんな強い風が……この前まで扇風機の弱以下の風力だったのに。俺は真の風使いとして覚醒したのか!」こしのりは震える自分の手を見つめて言った。それからスミレに目を戻して火が開けてしまったシャツの穴をじっとみていた。
「何?どうしたの?」スミレは言った。
「うん、もうちょっと放っておけば、おっぱいが見えたなって想ってた」こしのりは暢気に言った。
「おい、あんたもコレ喰らうか」スミレは玉葱を掴んでいた。
「こら~!だれじゃ!これは誰の玉葱じゃ~!」
こしのりが窓ガラスを割った家の住人の怒鳴り声が聞こえた。
「やばい……この放火犯のせいにして逃げよう」こしのりのこういう時の判断はとても速い。玉葱もスミレも放って回れ右して帰る準備に入っていた。
「待て!こら」こしのりの手は読めていたスミレはこしのりのシャツの襟を掴んだ。
「玉葱はどうする。それからちゃんと謝りなさい」
「……はい」
こうして二人は放火犯を倒した訳だが、こしのりは人様のお家の窓ガラスを割ったという罪を犯してしまった。