第七十八話 曲がり角のチャッカマン
「重いなぁ……」
「ほら、文句言わずに歩きなさい」
薄暗くなって来た夜の通りを行くのはこしのりとスミレの二人である。年頃の男女二人が夜になりかけのこの時間に二人で通りを歩いているのを見ると「もしやランデブー?」と想っても不思議ではないが、結果を言うと、この二人はそんな甘い関係ではなかった。二人はランデブーにそぐわないアイテムと言えようビニール袋一杯の玉葱を抱えて歩いていた。
「玉葱もこれだけの数を持って歩くとだんだん手が痛くなるな」
「あんた男でしょ、しっかりしなよ」
こしのりは男の子で、スミレは女の子である。でも女の子のスミレの方がちょっぴり逞しい。
二人がどうしてたくさんの玉葱を抱えて歩いているのか説明しておかなければならない。今日は近所のスーパーで玉葱一玉10円セールを行っていた。尚、ご購入はお一人様10玉までと決められている。チラシでこれを目にしたスミレの母は夕方に娘を連れてスーパーに行き、二人で上限の20玉をゲットするつもりでいた。しかし、こんな大事な時に風邪を引いてしまったのだ。スミレとしては病床に伏せる母の代わりに手軽に使えて、何より暇人なご近所さんのこしのりを召喚をしない手はなかった。多分もっと暇人の丑光を連れ出す手もあったが、こしのりよりも体力がなく、何より愚痴がうるさいので二人を天秤にかけてこしのりを選んだのだ。彼女の男を見極める目は信用できる。
「おいおい、こいつのお駄賃のオニオンリングはちゃんと食わせてもらうぜ」
「わかってるわよ。あんたは見返り無しに動かないんだったわよね」
困っている人を助けるのに理由がいるか、と格好良く言い切れる人を私は素敵だと想う。しかし我らがミニスカ侍が一人こしのりは、そこにちゃんと理由がなければ動かない。彼の労働の見返りは腹をしっかり膨らます量のオニオンリングである。こしのりはオニオンリングが、というか小麦粉と卵とパン粉をつけて揚げた物ならだいたい好きであった。
「あれ、夕陽が沈みきったと想ったらまた明るくなってきているような……」
「え、何言ってるのよ。これから暗くなる時間でしょ。こしのり目が悪くなったんじゃないの?」
それはない。こしのりの視力は2.0以上である。
「え、俺の目が悪くなるなんて日が来たなら地球のほとんどの人が失明していることになるぜ」
「なにそれ、なにがどうなってそうなるのよ」こしのりがバカ言ってるのにスミレは微笑みながら答えた。
こしのりは通りの角を曲がりながら「俺としたことが、勘違いだったかな……」と言った。そして角を曲がり終えてからは口を開けたまま上を見て止まってしまった。こしのりより少し遅れて角をまがったスミレにこしのりは「なぁスミレあれ見てみ……」と言った。
「え?何?」スミレはこしのりが見ている方向を見上げた。そしてその先に見えた景色に気づいて「ええ!火事?」と口にした。
二人のいる所から500メートルくらい離れた場所だと想われる。住宅街が邪魔して家は見えないが炎が天高く上っているのが見えた。
「そういや、サイレンが聞こえていたが、あんなに近い所とは想わなかったぜ」
「最近放火事件が起こっているって聞いたけど、あれもそうみたいね」
炎が夜の空を明るくするのを二人が立ち止まって見ていると、先程二人の曲がった角から男が走って来た。
「きゃぁ」ちょっと色っぽい声を上げてスミレが倒れた。後ろから走って来た男はスミレの背とぶつかった。男も道の端に尻を付いて倒れていた。
「くそっ、邪魔しやがって!」男は腹立たしそうに言った。男はフードを深く被っていたが、ぶつかった衝撃でフードが後ろにずれ、その不健康そうな顔が露になっていた。口髭と顎髭はしばらく放置していて好き放題に伸びていた。細身の中年男に見えた。
「おっ、お前、まさか……」こしのりはそう言ってまず遠くに見える炎を指差し、次に倒れた衝撃で男が道にぶちまけた様々なアイテムを指差した。こしのりはそれを二往復やってみせた。こしのりが指さした先にあった様々なアイテムは、油の入った小瓶、新聞紙、チャッカマン、マッチそして虫眼鏡であった。それ程お頭の良い方でないこしのりもこれにはすぐに気づいた。どれもこれも放火に持って来いのお役立ちアイテムだと。
「それにしても虫眼鏡って!」こしのりはツッコミを入れた。
「くそガキめ!フフッそうさ。あれは俺がやったのさ!」男は正直に告白した。
「えっ、放火犯なの!」立ち上がったスミレはびっくりして言った。
「そうさ、俺こそ連続放火事件の犯人チャッカマン向だ!ふふっ、俺の正体を知ったからには、お前達もここで燃やすしかないな!」
こしのりは想った。自分で全部ばらしてやがると。そして言い訳して逃げる手もあったのではないかと。
時刻はまさに田代が火災現場から子供を救い出したのと同じ頃、少し離れた場所ではこしのりとスミレが放火犯の「チャッカマン向」と対峙していた。
放火犯を許してはいけない。闘え!ミニスカ侍こしのりとスミレ氏。