第七十六話 出火!~ティータイムの終わりに~
「というわけなんだよ(前話参照)」
「へぇ~利根さんはソガっ子だったんですね」
「まぁな、それもあるが、感想の一言目がそれかよ」
利根は田代との出会いを後輩の山岡に伝え終えた。あの時は自分よりも大人な田代に助けられ、教えを受けた。そんな自分が今となっては年下の山岡を教え導いている。その事実について改めて考えると利根は不思議な気持ちになった。同時に嬉しいようで、誇らしい気持ちにもなった。
「田代さんはすごい人だったんですね。なんだか掴み所のない変わった人に思えたけど、そんなことも出来ちゃうんですね」
「ああ、あの人はすごい人だよ。あの人は家も仕事も持っていないが、家も仕事も持っている連中が持っていない素晴らしい物を持っているんだ。だからあの人を知る人はあの人を尊敬しているのさ。この前なんか女子高生に囲まれて写真を撮られていたよ。俺達じゃ出来ない芸当だぜ」
「ですねぇ……悔しいですがJKに囲まれるなんてことは確かに出来そうにない」
こんなことをばらすと警察官の身の彼らには特に都合が悪いような気もするが、彼らも男なので女子高生が嫌いではなかった。むしろ好きだった。だがそこは安心。彼らはポイズンマムシシティを守護する心優しき警察官である。
そんな話をしながら二人が温くなり始めたコーヒーをズズ~と啜っていたその時、一時の平和が崩れることになる。けたたましいサイレンの音が二人の耳を突き刺した。
「なんだ!急にうるさいな!」山岡はビックリして少しコーヒーを零してしまった。
「山岡、火事だ。ティータイムはここまでだな。俺達も行くぞ」
「またか!例の放火犯ですかね」
「かもな。さっさと捕まえないとな」
先程までまったりとティーブレイクを決め込んでいた二人だが、この時にはすっかりプロの警察官の顔になっていた。今の二人の顔を見れば、二人の両親はきっと誇らしく思うだろう。
二人は出火場所へ急行した。ここ二ヵ月程だが、放火と見られる火事が数件起こっていた。この事件は平和を愛する住民の皆さんと、事件の度に駆り出される山岡や利根のような警察官の皆さんに大変迷惑がられていた。一刻も早く犯人を捕まえて街の平和を取り戻さなくてはならない。
現場は交番からかなり近場であった。二人が現場についた時には炎は天高く上り、出火場所である民家の二階は火に包まれていた。これは全焼確定コースにはいりつつある。消防車の到着が遅れているようだ。
「なんてこった。こいつは全部焼けてしまいますよ」山岡が言った。
「くそ、放火か!」
出火場所に住んでいる夫婦が山岡と利根の側に駆け寄ってきて言う「お巡りさん。家の子がまだ中にいるんです」
「なんだと!」利根が驚いて答えた。
泣き崩れる妻を支えながら夫の方が言う「それで、子供を助けるために男性が水をかぶって家の中に入っていったんです」
「え!あの中にだって!死んじゃいますよ利根さん」
「無謀な……あの炎の中に入って行くなんて。その人は誰なんですか」
「いえ、私達も知らない人です。ボロボロの服を着た方で、中に子供が残っていると聞くやすぐに水を被って中に入っていったんです」
家の庭には蛇口がある。そこも今では火に覆われている。男が水を被った後に投げ捨てたと思われるバケツのみは火の海を逃れて道路に転がっていた。
「早くしないと、子供も男も焼け死にますよ利根さん」
「くそ、消防車が遅い……とにかく俺達の仕事だ、いくぞ山岡」
二人は集まる野次馬が火に近づき過ぎないように現場の整理に取り掛かった。この時利根にはある予感が走っていた。かつて死にかけた子供、つまりは幼い頃の利根を命の危険を省みずに救出した英雄がいた。炎に飛び込んで行った男と彼にとっての英雄の姿が重なった。